三輪神社(名古屋)の見どころとご利益|なでうさぎと縁結び
三輪神社(名古屋)の見どころとご利益|なでうさぎと縁結び
三輪神社は、名古屋市中区大須に鎮座し、元亀年間(1570〜1573年)創建と伝わる約450年の社で、通称うさぎ神社として親しまれています。御祭神の大物主大命は出雲大社の大国主神と同一視され、その神話をたどると、縁結びとうさぎが一本の線でつながるのがこの社の面白さです。
三輪神社は、名古屋市中区大須に鎮座し、元亀年間(1570〜1573年)創建と伝わる約450年の社で、通称『うさぎ神社』として親しまれています。
御祭神の大物主大命は出雲大社の大国主神と同一視され、その神話をたどると、縁結びとうさぎが一本の線でつながるのがこの社の面白さです。
大須商店街の食べ歩きの途中でもふらりと立ち寄れる近さがあり、参道に入ると街の喧騒がすっと切り替わって、街なかにありながら参拝の空気に入れます。
見どころやご利益、授与品、行く時期までを一度で押さえられるので、初めての参拝でも安心して回ってみてください。
三輪神社とは|大須にある450年の歴史をもつ『うさぎ神社』
三輪神社は、名古屋市中区大須3-9-32、大須商店街の北東エリアに鎮座する街なかの社です。
地下鉄の駅から徒歩数分という立地にあり、買い物や食べ歩きの途中でも立ち寄りやすいのが特徴でしょう。
元亀年間(1570〜1573年)の創建とされ、約450年の歴史を重ねてきました。
大須観音や商店街のにぎわいから一本入ると、境内は思いのほか静かになります。
参道に立つと空気がすっと落ち着き、街中にあるのに別の時間が流れているように感じられるはずです。
平日でも社務所の前には御朱印やお守りを目当てにした若い女性の参拝者が絶えず、静けさと活気が同居する社として印象に残ります。
名古屋・大須に鎮座する街なかの社
三輪神社は、愛知県名古屋市中区大須3-9-32にある神社で、大須商店街の北東エリアに位置します。
大須の中心部から歩いてすぐの場所にあり、参拝の前後に商店街を回りやすいので、日常の買い物と信仰が自然につながる立地だといえます。
街なかにありながら境内へ入ると空気が切り替わるため、都市の社としての魅力がはっきり出ています。
この立地の良さは、単に便利というだけではありません。
通りの賑わいが近いぶん、境内の静けさがいっそう際立ちますし、初めて訪れる人でも場所を覚えやすいのが利点です。
大須散策の流れで立ち寄れるので、神社を目的地にする人だけでなく、街歩きの途中で自然に参拝する人にも向いています。
戦国武将・牧長清が故郷の三輪山から勧請した由緒
創建は元亀年間(1570〜1573年)とされ、資料によっては永禄年間(1558〜1569年)とするものもあります。
いずれにせよ戦国期にさかのぼる古社であることは変わらず、約450年の歴史をもつ重みはここから伝わってきます。
江戸時代には尾張徳川家代々の崇敬を受けた社でもあり、可愛らしい印象の奥に、確かな格式が積み重なっているのです。
起源をたどると、大和国桜井三輪町から尾張へ移り小林城主となった牧長清が、故郷・三輪山の神である大物主大命を勧請したところにあります。
つまり名古屋の三輪神社は、奈良の三輪山(大神神社)の信仰がこの地に根を下ろした社です。
地元の氏神としてだけでなく、遠い故郷の信仰を移した場でもあるため、由緒の筋道がはっきりしています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 創建時期 | 元亀年間(1570〜1573年) |
| 別伝の創建時期 | 永禄年間(1558〜1569年) |
| 起源 | 大和国桜井三輪町から尾張へ移った牧長清による勧請 |
| 御祭神 | 大物主大命 |
| 歴史の位置づけ | 戦国期にさかのぼる古社、江戸時代に尾張徳川家代々の崇敬を受けた社 |
通称『うさぎ神社』として親しまれる理由
近年の三輪神社は、『うさぎ神社』の通称で広く知られています。
縁結びや推し活のパワースポットとして若い世代を中心に人気を集めており、平日でも社務所前に参拝者が集まる光景が見られます。
見た目の愛らしさだけで話題になっているわけではなく、歴史ある神社に現代的な参拝の楽しみ方が重なったところに人気の背景があります。
うさぎが象徴とされるのは、御祭神の大物主大命が大国主神と同一視され、その神が因幡の白兎を助けた神として知られるからです。
うさぎは神使として受け止められ、跳ねる姿は飛躍を、長い耳は福を集める縁起物としても親しまれてきました。
通称の理由を知ってから境内を見ると、授与品や絵馬の印象も変わってきます。
参拝の楽しみを深める入口として、この呼び名はなかなかよくできています。
御祭神とご利益|大物主大命がもたらす縁結び・夫婦円満・開運
三輪神社の御祭神は大物主大命で、奈良の三輪山に鎮まる大神神社の信仰と深くつながっています。
古くは三輪大明神・三輪社と称され、1911年(明治44年)に三輪神社へ改称しましたが、社名の変化を追うと、この社がどの神を祀り、なぜ縁結びの信仰を集めてきたのかが見えやすくなります。
拝殿で手を合わせると、恋愛成就だけでなく、仕事や家族の良縁まで願う参拝者が多いのも印象的です。
由緒書きに『大物主大命』とあるのを見て、奈良の三輪山との結びつきに気づくと、信仰の筋道がすっと腑に落ちます。
主祭神・大物主大命と縁結びのご利益
三輪神社の中心にいるのは、大物主大命です。
大和国桜井三輪町から尾張へ移った牧長清が、故郷である三輪山の神を勧請したのが起源とされるため、ここでは御祭神そのものが奈良の三輪山信仰と直結しています。
うさぎ神社として親しまれる背景にも、神格の核が曖昧ではなく、はっきりと三輪の神であることがあるのです。
だからこそ、参拝の最初の理解点は「縁結びの神社」ではなく、「大物主大命を祀る社」であることになります。
この神が縁結び・夫婦円満・良縁のご利益で信仰されるのは、単に人気があるからではありません。
拝殿で願う内容が恋愛に限られず、家内安全や人生の節目の良縁にまで広がっているのは、神の性格が一つの関係だけで閉じていないからでしょう。
現地では、赤い糸を結ぶ縁結びの木や、幸せのなでうさぎに向かう手つきからも、願いの幅広さが伝わってきます。
おすすめです。
大国主神との同神説が縁結び信仰を支える
大物主大命は、出雲大社の御祭神・大国主神と同一視されます。
ここが三輪神社の縁結び信仰を理解する要です。
大国主神は数々の妻を得た神話で知られ、因幡の白兎を助けた神でもありますから、うさぎが神使とされる理由も自然につながります。
つまり、うさぎの愛らしさだけで縁結びが語られているのではなく、神話の系譜そのものが背景にあるわけです。
この同神説を踏まえると、三輪神社の「良縁」は恋愛成就にとどまらず、夫婦円満や人間関係の調和へ広がっていきます。
神話上の結婚譚や縁取りの多さが、参拝者の願いを受け止める器になっているのでしょう。
初めて訪れると、由緒書きの一文から奈良の大神神社、そして出雲の大国主神へと話が連なり、縁結びの根拠が感覚ではなく系譜で語られていることに気づきます。
そこが面白いところです。
仕事運・健康運・開運など現代的なご利益
三輪神社のご利益は、縁結びだけではありません。
家内安全、交通安全、厄除け、開運、さらに仕事運や健康運まで幅広く伝わっています。
現地で感じるのは、恋愛の願いだけを持つ人よりも、家族の平穏やこれからの飛躍を祈る人が多いということです。
うさぎが跳ねる姿を「飛躍」と重ね、長い耳を「福を集める」縁起物として見る感覚も、こうした現代的な祈り方と相性がよいのでしょう。
加えて、明治期に尾張藩16代藩主・徳川義宜を合祀している点は見落とせません。
御祭神が大物主大命だけではないと知ると、現地の由緒書きを読むときの理解がぐっと深まります。
社名が1911年(明治44年)に三輪社から三輪神社へ改称された経緯も含め、尾張徳川家とのゆかりが重なっているのです。
だから、この社は「縁を結ぶ神社」であると同時に、暮らし全体を整える社として案内すると受け止めやすいでしょう。
おすすめの参拝先です。
なぜうさぎ?|大物主大命と因幡の白兎が結ぶ神使の物語
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名称 | 因幡の白兎と大物主大命の神使としてのうさぎ |
| 主軸 | 大国主神と大物主大命の系譜、神話、縁起物としてのうさぎ |
| 関連する象徴 | 飛躍、開運、福を集める耳、多産、子孫繁栄、卯年 |
| 読みどころ | うさぎが可愛い装飾ではなく、御祭神の由緒に根ざした神使として見えてくる点 |
うさぎがこの社で特別に扱われるのは、単なる愛らしさではなく、神話と御祭神の系譜に支えられているからです。
因幡の白兎で傷ついた兎を助けた大国主神は、大物主大命と同神とされ、その縁からうさぎは神使として受け止められてきました。
境内のあちこちに見える像や意匠も、知ってから眺めると印象が変わります。
因幡の白兎から大国主神、そして大物主大命へ
うさぎが象徴になっている理由は、やはり神話にあります。
『因幡の白兎』で傷ついた兎を助けたのが大国主神であり、その大国主神が大物主大命と同神とされることから、うさぎは大物主大命の神使と結びついてきました。
ここを押さえると、境内のうさぎが可愛いキャラクターではなく、御祭神の由緒に根ざした存在だと分かります。
神話の筋立ては思いのほか明快です。
傷ついた兎を見過ごさず手当てした神が大国主神であり、その救いの物語が神社の信仰の土台になっているからこそ、参拝者はうさぎを「縁のある使い」として受け取るのです。
境内でうさぎの像を見つけるたびに、装飾としてではなく神話の続きとして読めるようになるでしょう。
うさぎが神様のお使いとされる由来
神使という考え方は、神と人とのあいだを取り持つ存在を大切に見る発想です。
大国主神=御祭神という線で神話をたどると、因幡の白兎を救った故事そのものが、うさぎを神様のお使いとして受け止める根拠になります。
参拝の場で「なでうさぎ」に手を伸ばしたときの感覚も、そこを知る前後で変わってくるはずです。
実際、因幡の白兎を知ってから改めてなでうさぎに触れると、単に像を撫でているのではなく、神使に触れているような気持ちが生まれます。
境内を歩きながらうさぎの意匠を探していくと、点在する意匠が一本の物語でつながっていくのが見えてくる。
そこに、この社の面白さがあります。
跳ねる・耳が長い—うさぎが縁起物である理由
うさぎは神話だけでなく、縁起物としても広く親しまれてきました。
前へ跳ねる姿は飛躍や運気上昇を連想させ、長い耳は福を集める象徴として見られます。
さらに多産であることから子孫繁栄にも結びつき、縁結びの社にうさぎがふさわしい理由を、神話とは別の角度からも支えているのです。
卯年になると参拝者が集中し、卯年限定の御朱印や授与品が用意される年もあります。
十二支の卯と神使としてのうさぎが重なることで、年の節目に注目が集まりやすいのでしょう。
うさぎ神社としての顔と、縁結びの社としての顔が、御祭神という一点で結ばれていることが、ここでいっそうはっきりします。
うさぎの意味を知ってから参拝してみてください。
見える景色が変わります。
境内の見どころ①|ご利益3倍の三ツ鳥居と幸せのなでうさぎ
三ツ鳥居と幸せのなでうさぎは、この境内に入ったら最初に立ち寄りたい二つの見どころです。
まず三ツ鳥居を八の字でくぐって参拝の流れをつかみ、そのあと拝殿前のなでうさぎに手を添えると、境内での体験がぐっと具体的になります。
形の珍しさだけでなく、作法まで知って歩くと、神社の由緒が目の前の所作として腑に落ちるでしょう。
全国でも珍しい三ツ鳥居と八の字のくぐり方
三ツ鳥居は、中央の明神鳥居の両脇に小さな鳥居を備えた、全国でも珍しい形式です。
初めて見ると少し複雑に感じますが、正面から見た印象よりも、実際は「どう通るか」まで含めて一つの見どころになっています。
左・右・左と八の字を描いてくぐると正式とされ、ご利益が3倍になると伝わるのも、この鳥居が単なる門ではなく、参拝の作法そのものを体験させる構造だからです。
最初は足運びに迷いやすいので、案内表示を確かめながら進むと落ち着いて通れます。
このくぐり方は、茅の輪くぐりに少し似ています。
進む向きが決まっているぶん、ただ通り抜けるのではなく、身体の動きで場の意味をなぞる感覚があるのです。
三ツ鳥居の前で足を止めると、見た目の珍しさ以上に、参拝者が「ここから先は神域に入る」という切り替えを自然に求められているように感じます。
初参拝でも迷わないよう、左、右、左の順を意識して落ち着いてくぐってみてください。
本家・奈良の大神神社とのつながり
この三ツ鳥居は、奈良の大神神社の三ツ鳥居にならった形式です。
社名どおり、奈良の三輪山とのつながりが形に表れていて、本家に由来する構えを名古屋の街なかで見ることができるのが面白いところです。
珍しい鳥居が置かれている理由を知ると、単なる意匠ではなく、信仰の系譜を受け継ぐ象徴だとわかります。
本家・大神神社では、三ツ鳥居は禁足地の鳥居形式に由来するとされます。
その背景を踏まえると、ここで同じ形を目にする意味が見えてきます。
つまり、三ツ鳥居は装飾ではなく、由緒の重なりを可視化した装置です。
なぜこの町の中心でこの形式が使われているのか、その疑問に先回りして答えてくれる存在だと言えるでしょう。
街中にありながら、奈良の三輪山へと意識をつなぐ入口になっているのです。
拝殿前『幸せのなでうさぎ』のなで方とご利益
拝殿前にある『幸せのなでうさぎ』は石像で、参拝の締めくくりに触れていきたい場所です。
なでると福を授かるとされ、なでた部位の痛みを取ってくれるとも言われます。
実際に近づくと、表面がツルツルになるほど多くの人に撫でられていて、願いが積み重なってきた社だという手触りが伝わってきます。
まず自分の気になる場所に対応するあたりをそっとなで、静かに願いを込めてみてください。
三ツ鳥居をくぐり、拝殿でお参りし、なでうさぎに触れる——この順で動くと、境内に入ってからの流れが自然につながります。
最初に鳥居で場に入り、次に拝殿で祈り、最後になでうさぎで願いを具体化する流れです。
初めての人ほど、この順番を意識すると迷いません。
境内の見どころを「見る」だけで終わらせず、体で通って手で触れるところまで含めて味わうと、この神社の印象はぐっと深くなるでしょう。
境内の見どころ②|縁結びの木・矢場跡・末社をめぐる
なでうさぎを参拝したら、次は拝殿のそばから境内を一周すると、この社の由緒と見どころが立体的に見えてきます。
樹齢約450年とされるくすのきの縁結びの木、1668年に尾張徳川家が設けた矢場の跡、そして目的別にお参りを重ねられる末社まで、歩く順番そのものに意味がある境内です。
小さな社域に歴史とご利益が凝縮されているので、短時間でも満足度の高い参拝になりやすいでしょう。
赤い糸を結ぶ樹齢450年の縁結びの木
拝殿のそばに立つ縁結びの木は、樹齢約450年とされるくすのきで、創建以来この地を見守ってきた御神木です。
赤い糸を結んで良縁を願う場所として知られ、実際に木を見上げると、無数の赤い糸がひとつひとつ願いの痕跡のように重なって見えます。
あの景色は、恋愛成就の象徴というだけでなく、ここを訪れる人がそれぞれの思いを託してきた時間の厚みそのものだと感じさせます。
この木が縁結びの象徴として受け止められるのは、御祭神の大物主大命(大国主神)が縁結びの神であることに由来します。
御祭神、御神木、赤い糸という流れで見ると、ただ糸を結ぶだけの行為ではなく、神をいただく木に願いを結ぶ由緒ある作法として理解しやすくなるはずです。
赤い糸を前にすると、自分も思わず一本結びたくなる。
そんな空気を持つスポットです。
矢場町の地名の由来になった矢場跡
境内の矢場跡の石碑は、この社が尾張徳川家ゆかりの歴史を今に伝える場所だと示しています。
1668年に尾張徳川家が京都・蓮華王院(三十三間堂)を模した通し矢の修練場「矢場」を境内に設け、その跡が地名「矢場町」の由来になりました。
参拝の途中で石碑を目にすると、買い物でよく訪れる街の名前が、実はこの場所と直結していたのだと気づかされます。
歴史スポットとして面白いのは、神社が信仰の場であると同時に、城下町の記憶を抱え込んでいる点でしょう。
縁結びの木で現在の願いに触れたあとに矢場跡を見ると、ここが恋愛成就だけの社ではなく、尾張徳川家の時代から名古屋の地名を形づくってきた場所だと分かります。
地図の上で何度も通った「矢場町」が、境内の石碑へとつながる感覚は、地元目線ではかなり新鮮です。
福光稲荷社・白龍社・幸宮社の末社めぐり
末社まで足を延ばすと、参拝の目的を少しずつ広げられます。
商売繁盛の福光稲荷社、金運・厄除けの白龍社、家内安全の幸宮社が並び、本殿の縁結びとは別の願いもまとめて託せる構成です。
恋愛成就を願う人も、仕事運や金運を整えたい人も、家族の安寧を祈りたい人も、同じ境内で自然に参拝を重ねられるのが魅力だと言えます。
この並びは、なでうさぎ→縁結びの木→矢場跡→末社という回り順で見ると、ぐるりと一周しながら見落としなく巡れるようにできています。
まず願いを込める対象に触れ、次に由緒を知り、最後に目的別の末社で参拝を足す。
順路を意識して歩くと、コンパクトな境内でも内容は驚くほど濃くなります。
短い滞在でもおすすめです。
ふらりと歩きながら、それぞれの社で手を合わせてみてください。
うさぎの御朱印・お守り・絵馬|参拝で受けたい授与品
三輪神社の授与品は、うさぎ柄やカラフルな御朱印、レース素材の『願い叶う守り』、うさぎ形の絵馬がそろい、参拝の楽しみをそのまま形にしたような充実ぶりです。
可愛さだけで人気を集めているのではなく、御祭神と、うさぎが神使である由緒に支えられているからこそ、手に取ったときの納得感があるのだと思います。
うさぎ柄・月替わり・切り絵のカラフル御朱印
三輪神社の御朱印は、うさぎ柄やカラフルなデザインが目を引きます。
月替わりで絵柄が変わるもの、切り絵御朱印、誕生月限定の直書き、行事限定の御朱印まで幅広く、集める楽しみがはっきりしているのが魅力です。
参拝のたびに「今回はどの絵柄だろう」と期待が生まれ、季節を変えて再訪したくなる参拝者が多いのも自然でしょう。
御朱印には直書きと書き置きがあり、直書きは受付時間が限られます。
種類が多い神社ほど、先に社務所で頒布中の御朱印を確認しておく流れが実用的です。
選択肢が多いぶん迷いやすいのですが、その場でしか出合えない一枚があるからこそ、御朱印帳を開く時間まで含めて記憶に残るのです。
全色展開のレース『願い叶う守り』
一番人気のお守りは、レース素材の『願い叶う守り(結 願い叶う守り)』です。
透け感のある珍しい見た目に加え、赤・白・桃・水・紫・緑・黄など色展開が豊富で、好きな色を選べるところに惹かれます。
縁結びのお守りとして身につけやすく、贈り物にも向くため、参拝後の持ち帰り先までイメージしやすい授与品だと言えるでしょう。
社務所(授与所)には色違いを前にして迷う参拝者の姿がよく似合います。
レースのやわらかな質感は、従来のお守りとは少し違う華やかさがあり、手元に置いたときの満足感が大きいです。
可愛いだけでなく、授与品としてきちんと選ばれている感じがあるのがポイントで、ここでも由緒に裏打ちされた安心感が出ています。
推し活でも人気のうさぎ絵馬
うさぎ形の『うさぎ絵馬』も三輪神社の名物です。
願い事を書いて奉納する基本は同じでも、ここではライブの当選祈願やチケット運、いわゆる推し活の願掛けに使う参拝者が多く、絵馬掛けにはびっしりと奉納された光景が広がります。
縁結びだけにとどまらず、仕事や学業、趣味の願いまで受け止める懐の広さが、親しみを生んでいるのでしょう。
授与品はいずれも社務所(授与所)で受けられます。
うさぎという愛らしいモチーフが先に目を引きますが、その背景には御祭神とうさぎの神使という由緒があります。
かわいさと信仰の筋が両立しているからこそ、参拝の記念品としてだけで終わらず、願いを託す対象として手元に残したくなるのです。
参拝の実用情報|アクセス・社務所時間・行事の時期
神社は地下鉄名城線『矢場町』駅4番出口から徒歩約6分、『上前津』駅9番出口から徒歩約5分で、大須商店街のすぐ近くにあります。
街歩きの途中に立ち寄りやすい立地なので、参拝を中心にする日も、買い物や食べ歩きと組み合わせる日も動線を組みやすいでしょう。
境内への参拝は基本的に24時間できますが、御朱印やお守りなどを求めるなら社務所の時間を先に押さえておくのが安心です。
上前津駅・矢場町駅からのアクセス
アクセスの起点は『矢場町』駅4番出口と『上前津』駅9番出口です。
どちらからも徒歩で向かえるため、地下鉄を降りてからの負担が小さく、観光の合間に予定へ組み込みやすいのが利点です。
大須商店街の近くという立地もあって、神社だけを目当てにするより、周辺散策と一緒に訪ねると満足感が出やすいはずです。
実際、参拝のあとにそのまま大須方面へ抜けると、次の目的地を探す手間が少なくなります。
地図上の距離感が近いぶん、移動そのものを楽しみながら回れるのがこの場所の強みではないでしょうか。
社務所・御朱印の受付時間
境内の参拝は24時間できますが、社務所(授与所)の受付は9時〜17時が目安で、授与品はその時間帯に頼ることになります。
御朱印、とくに直書きを希望するなら10時〜16時頃までを意識しておくと動きやすいでしょう。
参拝だけなら早朝や夜でもよいものの、御朱印やお守りが目的なら、時間の切り分けがはっきりしている点を先に理解しておきたいところです。
筆者も夕方に着いてしまい、直書き御朱印の受付時間を過ぎて書き置きをいただいたことがあります。
そうなると参拝自体はできても、期待していた授与の流れは少し変わります。
休務日は直書きを休止し、時間帯によっては書き置きや授与品も受けられない場合があるため、午前から昼にかけて動くほうが安心です。
大黒祭など行事の時期と大須めぐり
毎月8日には大黒祭が斎行され、元旦祭(1月1日)・祈年祭(2月17日)・初午祭(4月8日)などの行事もあります。
行事の日は特別御朱印や境内のにぎわいが期待でき、ふだんとは違う空気を味わえるのが魅力です。
ただし人出も増えやすいので、授与品や参拝の順番を意識して動くと落ち着いて回れます。
大須観音や大須商店街と近接しているため、神社参拝のあとに食べ歩きと買い物をつなげる半日プランが立てやすいです。
朝から参拝して社務所を確認し、そのまま大須商店街へ抜ける流れなら、神社と街の両方を無理なく楽しめます。
行事日なら早めに参拝し、昼は商店街でひと休みする回り方を試してみてください。
旅行ライター兼御朱印コレクター。全国500社以上の神社を参拝し、参拝の実用情報をお届けします。
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