神様図鑑
神様図鑑の記事一覧
田の神・山の神とは|春秋に去来する稲作の神
田の神・山の神とは|春秋に去来する稲作の神
田の神と山の神は、稲作農耕民の信仰では別々の神ではなく、春に山を下りて田の神となり、秋に山へ帰って山の神に戻る同じ一柱の神です。新潟では3月16日に家へ降り、4月16日に田へ出て、10月16日に再び家へ戻るというように、去来は観念ではなく暦の上で実行されてきました。
アメノウズメとは|天岩戸で踊った芸能の女神
アメノウズメとは|天岩戸で踊った芸能の女神
アメノウズメは、古事記では天宇受賣命、日本書紀では天鈿女命と記される、高天原の芸能の女神です。天照大神が天岩戸に隠れて世界が闇に沈んだとき、伏せた桶の上で神懸かりの舞を踏み、神々を笑わせて岩戸を開かせた立役者として知られます。
荒神とは|台所の火の神・三宝荒神とかまど神信仰
荒神とは|台所の火の神・三宝荒神とかまど神信仰
荒神は、台所やかまどなど火を使う場所に祀られる火の神で、火除け・火伏せに加えて家内安全や家庭繁栄まで担う両義的な神格です。古事記・日本書紀の竈神の記事と神社の由緒書きを照合すると、台所の素朴な御札の背後には、荒ぶる神霊の性格と神仏習合の重層構造が折り重なっていることが見えてきます。
道祖神とは|村境を守る神とサルタヒコ習合の謎
道祖神とは|村境を守る神とサルタヒコ習合の謎
道祖神は、村境や峠、辻に立って外から来る疫病や悪霊の侵入を防ぐ境界の守り神であり、もとは「さえぎる神」として祀られてきました。平安時代の文献に見える男女二体の木人形からも分かるように、その信仰は古く、のちには縁結びや旅の安全、子孫繁栄へと役割を広げています。
弁天・弁才天・弁財天の違いと市杵島姫の関係
弁天・弁才天・弁財天の違いと市杵島姫の関係
弁天・弁才天・弁財天は同じ一柱を指す表記の揺れで、正式表記は弁才天、弁財天は財福を強調した日本での俗表記、弁天はその略称です。弁天信仰の社寺を文献と現地の由緒書きで読み比べてきた筆者の目から見ると、混乱の芯は表記の揺れと神仏習合による別名の二層にあります。
弁財天のご利益と三大弁財天の祀る神様
弁財天のご利益と三大弁財天の祀る神様
弁財天は、七福神で唯一の女神として知られる神で、起源をたどるとインドの河の女神サラスヴァティーに行き着きます。もとは音楽・弁舌・学問を司る水神でしたが、日本では仏教とともに伝わって天部の護法神となり、やがて「財」の字をあてられて財運の女神としても広く信仰されるようになりました。
御札(神札)とは|意味と正しい祀り方
御札(神札)とは|意味と正しい祀り方
御札は、神社の御祭神の名や霊威を記した神霊の依代であり、お守りの大型版ではありません。古事記や日本書紀を手がかりに神道の考え方をたどると、御札が家に据えて日々向き合う対象であることと、お守りが携帯のために小型化されたものだという関係が、無理なく見えてきます。
タケミカヅチとは|祀る神社とご利益・神話を解説
タケミカヅチとは|祀る神社とご利益・神話を解説
タケミカヅチは、雷・剣・武の三つの神格を兼ねる天津神で、古事記では建御雷之男神、日本書紀では武甕槌と表記が分かれる神です。イザナギが火神カグツチを十拳剣で斬った際、剣の根元の血が岩に飛び散って生まれたという出生譚を持ち、その出自が剣神・武神としての性格を決定づけています。
少彦名命とは|医薬の神の正体と祀る神社・ご利益
少彦名命とは|医薬の神の正体と祀る神社・ご利益
少彦名命とは、ガガイモの実の殻を船にして海の彼方の常世国から渡来したと伝わる、小さな体で大国主命の国造りを支えた神である。古事記では少名毘古那神、日本書紀では少彦名命と記され、神産巣日神の子か高皇産霊尊の子かで出自が分かれるところに、この神の謎めいた輪郭が残っています。
金毘羅とは|祀る神社とご利益を解説
金毘羅とは|祀る神社とご利益を解説
金毘羅は、起源をたどると日本の神ではなく、インドの水神クンビーラ(梵語Kumbhīra)に行き着く神格である。ガンジス川に棲むワニを神格化した川の神として水運や海上交通を守る性格を持ち、その意外な出自こそが「こんぴらさん=海の神」という通念の裏側にある。
天神(菅原道真)とは|祀る神社とご利益
天神(菅原道真)とは|祀る神社とご利益
天神様とは、平安時代の学者・政治家であった菅原道真が死後に神格化された人神である。845年生まれ・903年没の実在の人物が天満天神として祀られた存在だと押さえると、神話に登場する神々とは由来が異なることが見えてきます。
住吉三神とは|祀る神社とご利益を解説
住吉三神とは|祀る神社とご利益を解説
住吉三神は、底筒男命・中筒男命・表筒男命の三柱を指す海の神の総称で、三神をまとめて住吉大神とも呼びます。古事記と日本書紀を原文で読み比べると、住吉三神は住吉大社の信仰の核であるだけでなく、海の三層を神格化したきわめて精緻な神話として立ち上がってくるのです。