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日本三大弁財天とは|竹生島・江島・厳島の違い

更新: 鈴木 彩花
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日本三大弁財天とは|竹生島・江島・厳島の違い

日本三大弁財天は、滋賀の竹生島の宝厳寺、神奈川の江の島の江島神社、広島の厳島の大願寺を指す三社である。弁財天はインドの水の女神サラスヴァティーに起源を持ち、日本では市杵島姫命とも結びついて、寺院と神社が混在する独特の信仰として定着した。

日本三大弁財天は、滋賀の竹生島の宝厳寺、神奈川の江の島の江島神社、広島の厳島の大願寺を指す三社である。
弁財天はインドの水の女神サラスヴァティーに起源を持ち、日本では市杵島姫命とも結びついて、寺院と神社が混在する独特の信仰として定着した。
全国500社以上を参拝してきた立場から見ると、竹生島は船でしか渡れない秘仏の聖地、江の島は奉安殿で二体の弁財天に通年向き合える実地性の高い社、厳島は世界遺産の参拝動線の中で大願寺の秘仏へつながる構成が際立つ。
三社は姿も拝観のしやすさも異なるので、金運、芸事上達、参拝のしやすさのどれを重視するかで選ぶ一社が変わります。

日本三大弁財天とは|まず行くなら早見表

名称 所在地 祀る場所 見どころ
竹生島 滋賀 宝厳寺 三社で最も古いと伝わる弁才天、秘仏、船で上陸
江島 神奈川 江島神社 通年拝観できる奉安殿、御朱印が豊富、都心から日帰りしやすい
厳島=宮島 広島 大願寺 世界遺産観光と合わせやすい、年一度の開扉

日本三大弁財天は、滋賀の竹生島、神奈川の江島、広島の厳島=宮島の三か所を指します。
近江の竹生島、江の島、安芸の宮島とも呼ばれ、まずこの三社名と所在地を押さえるだけで参拝先の迷いはかなり減るでしょう。
寺と神社が混在しているのも特徴で、そこにこの信仰の長い歴史が表れています。

三大弁財天の三社はここ|竹生島・江島・厳島

弁財天めぐりを思い立って最初に調べると、三社って結局どこなのかが少しややこしいものです。
けれども答えは明快で、竹生島の宝厳寺、江島の江島神社、厳島=宮島の大願寺を押さえればよい。
筆者も入口では寺と神社が混在する構成に戸惑いましたが、そこで立ち止まらず、まず地名と社寺名を一対で確認すると整理しやすくなりました。

竹生島の弁才天は三社で最も古いと伝わる秘仏で、船でしか渡れない孤島の環境そのものが参拝の緊張感を生みます。
江島は八臂弁財天と妙音弁財天を通年で拝観でき、都心在住ならまず日帰りで足を運びやすい一社です。
厳島は世界遺産観光と重ねやすく、海に浮かぶ社殿の景観が印象を強く残します。
都心からなら江島、静けさを求めるなら竹生島、旅の風景ごと味わうなら厳島、という順で計画すると動きやすいでしょう。

目的別おすすめ早見表(金運・芸事・参拝のしやすさ)

金運重視なら江島、芸事や弁才天らしい音の神性に触れたいなら竹生島、参拝のしやすさを優先するなら江島、秘仏拝観の希少性を重く見るなら竹生島が向きます。
厳島は観光導線に乗せやすく、世界遺産の景観とあわせて参拝したい人に合う一社です。
目的が違えば選ぶ場所も変わるので、迷ったら次の表で比べてみてください。

目的おすすめの一社理由
金運重視江島通年拝観でき、御朱印も豊富で参拝の流れを作りやすい
芸事上達竹生島三社で最も古いと伝わる弁才天に、静かな環境で向き合える
参拝のしやすさ江島都心から日帰りしやすく、初回の弁財天めぐりに組み込みやすい
秘仏拝観竹生島60年に一度の開扉で、次回は2037年になる

筆者は都心から動く計画を立てるとき、まず江島で弁財天めぐりの感覚をつかみ、その後に竹生島と宮島へ足を延ばす順番にしました。
最初の一社を軽やかに選べると、残りの二社も旅程に落とし込みやすくなります。
こうした順序で巡るのは、無理なく続けるうえでおすすめです。

寺と神社が混在する理由を先に押さえる

竹生島と厳島は寺院の宝厳寺と大願寺が弁才天を祀り、江島だけが神社である江島神社という構成です。
これは弁財天がインド神話のサラスヴァティーから水神・蛇神信仰と習合し、さらに本地垂迹で市杵島姫命と同一視されてきた流れをそのまま映しています。
明治の神仏分離で仏と神に分けられたため、同じ弁才天でも寺と神社が併存する形になったのです。

この混在を先に理解しておくと、現地で「なぜ弁財天なのに寺なのか」と迷わずに済みます。
むしろそこが日本の弁財天信仰の面白さで、神仏習合の層がそのまま参拝体験に残っていると見てよいでしょう。
なお、三大弁財天には天河大弁財天社や金華山黄金山神社を加えて五大弁財天と呼ぶ説もありますが、本記事では最も広く知られる三社に絞って整理します。
五大弁財天という見方がある、とだけ覚えておけば十分です。

三社まるわかり比較表|御祭神・像・ご利益・アクセス

竹生島、江島、厳島の三社は、同じ弁才天信仰を祀りながら、見せ方と参拝体験がはっきり分かれます。
比較するときは、社寺名、祀る弁才天/御祭神、像の形姿、主なご利益、秘仏開帳の周期、最寄りアクセスの6列をそろえると違いが一目で見えます。
とくに「本尊を拝めるかどうか」と「いつ拝めるか」は、三社を分ける核心です。

比較表の見方|6項目で何を比べるか

三社比較では、まず同じ粒度で情報をそろえることが肝心です。
社寺名だけでなく、祀る弁才天/御祭神、像の形姿、主なご利益、秘仏開帳の周期、最寄りアクセスまで並べると、信仰の内容と参拝のしやすさを同時に見比べられます。
表は次の6列で組むと整理しやすいでしょう。

社寺名祀る弁才天/御祭神像の形姿主なご利益秘仏開帳の周期最寄りアクセス
竹生島大弁才天秘仏で普段は拝めない金運、芸能上達、学問成就60年に一度、次回は2037年琵琶湖を船で渡る
江島八臂弁財天、妙音(裸)弁財天奉安殿で二体を拝観できる金運、芸能上達、学問成就、勝運守護通年拝観できる駅から徒歩圏
厳島厳島弁財天空海作と伝わる秘仏金運、芸能上達、学問成就年に一度、6月17日と伝わるフェリーで宮島へ渡る

この並べ方にすると、単なる観光比較ではなく、信仰の性格と参拝計画の差まで見えてきます。
秘仏を目当てにするなら開帳周期を見なければなりませんし、日帰りで回るならアクセス条件の違いがそのまま行程に響く。
三社弁才天祭のような結びつきも、この表で見ると背景がつかみやすくなります。

御祭神と弁才天像の形姿で比べる

竹生島、江島、厳島は、どれも弁才天信仰の三社ですが、像の見せ方には大きな差があります。
竹生島の大弁才天は普段見られない秘仏で、厳島の厳島弁財天も空海作と伝わる秘仏です。
行っても本尊が見られない場合がある、この一点を先に知っておくだけで参拝の受け止め方が変わるでしょう。

江島は対照的です。
奉安殿では八臂弁財天と、琵琶を抱える妙音(裸)弁財天の二体を通年拝観でき、大人200円で間近に向き合えます。
八臂は武具を持つ戦闘神的な姿で、妙音は音楽神としての性格が前面に出るので、同じ弁財天でも守りと芸能の両面が見えやすい。
竹生島や厳島が秘仏の荘厳さで印象を残すのに対し、江島は像容そのものを確認できるのが強みです。

ご利益・開帳周期・アクセスで比べる

ご利益は三社共通で、金運、芸能上達、学問成就が柱になります。
そこに色合いの違いが加わり、江島の八臂弁財天は勝運守護として武家に信仰された歴史が際立ちます。
巳の日や己巳の日が弁才天の縁日とされてきた背景を考えると、財運と知の伸びを願う信仰が、武運や芸能へ広がっていった流れも見えてきます。

開帳周期の差は、三社の中でもっとも計画に直結します。
竹生島は60年に一度で次回は2037年、厳島は年に一度6月17日と伝わり、江島の奉安殿は通年拝観できます。
秘仏を拝みたいなら時期を選ぶ必要がある、と数字で比べると明瞭です。
さらにアクセスも対照的で、竹生島は琵琶湖を船で渡り、厳島もフェリーで宮島へ渡る必要がありますが、江島は駅から徒歩圏で日帰りしやすい。
移動の負担まで含めて考えると、三社の参拝ハードルはかなり違います。

御朱印の楽しみも、江島は厚みがあります。
弁財天関連を含め11種類に触れると、社内での祈りの層がそのまま授与品の多さに表れていると感じやすいはずです。
三社を巡るなら、像を拝む体験、開帳の時期、移動のしやすさ、授与品の広がりまで見ておくと、参拝の印象がぐっと立体的になります。

弁財天とは|由来・蛇神信仰・市杵島姫命との関係

弁財天は、インド神話の河の女神サラスヴァティーを起源とし、水と豊穣の女神から、芸術・学問・弁舌をつかさどる知の女神へと性格を広げてきました。
日本では金運の神という印象が強いものの、もともとの芯にあるのは芸能と学問の守り手という性格です。
だからこそ、三大弁財天を見ていくときは、単なる開運神ではなく、仏と神が重なり合った信仰として捉えると理解が深まります。

ルーツはインドの水の女神サラスヴァティー

弁財天の出発点は、インドの河の女神サラスヴァティーです。
水の流れは生命を育て、言葉や知恵の流れにも重ねられました。
そのため、サラスヴァティーはやがて芸術・学問・弁舌をつかさどる女神として受け止められるようになり、日本に入った弁財天も、その知的な側面を色濃く引き継ぎました。

ここで見落としやすいのが、後世の「金運」のイメージです。
もちろん信仰の広がりの中で財福の神としても親しまれますが、本来の核は芸能・学問にあります。
古事記・日本書紀に親しんできた立場から見ても、神の役割が時代とともに重なり、姿を変えていく流れは珍しくありません。
弁財天もまた、その典型だと言えるでしょう。

二臂と八臂|琵琶を持つ姿と武具を持つ姿

弁才天像には、大きく二臂像と八臂像があります。
二臂像は琵琶を抱える音楽神の姿で、音と芸能の神としての性格が前面に出ています。
これに対して八臂像は武具を持つ戦闘神的な姿で、守護や勝運のイメージが強くなるのです。

江島の妙音弁財天が二臂像で、八臂弁財天が八本腕の像であることは、その違いを理解するうえで分かりやすい手がかりです。
像の形姿は単なる造形の差ではなく、どのような願いを託してきたかを映しています。
芸能を求めるのか、勝負運を求めるのか。
ここを見分けるだけで、弁財天信仰はぐっと立体的になります。

ℹ️ Note

巳の日に弁天社を参拝すると、白蛇をかたどったお守りや絵馬が目に入ります。そこで初めて、弁財天が今も蛇神信仰と結びついて生きているのだと実感しやすいはずです。

日本では弁才天が水神・蛇神信仰と結びつき、白蛇を弁財天の使いとする信仰が広まりました。
巳の日が縁日とされるのも、このつながりがあるからです。
水は流れを生み、蛇はその水辺の気配と結びつく。
そうした感覚が、弁財天に独特の奥行きを与えました。

市杵島姫命との習合と明治の神仏分離

本地垂迹の考え方のもとで、弁才天は宗像三女神の一柱である市杵島姫命と同一視されました。
海上・水を司る女神という共通点が、仏と神を重ねる橋渡しになったのです。
各地の弁天社が成立した背景には、この習合がありました。
古事記・日本書紀を読み慣れていると、神名が別々でも役割が重なる場面は少なくなく、市杵島姫命と弁才天の重なりもその延長にあると見えてきます。

神社と寺の境界が思ったより緩やかだった、と感じたのはここでした。
明治の神仏分離令によって、それまで一体で祀られてきた弁才天(仏)と市杵島姫命(神)は寺と社に分けられます。
厳島では弁才天が厳島神社から隣の大願寺へ移されたように、三社の現在の姿が寺か神社かで分かれているのは、この近代の宗教政策の結果です。
三大弁財天を理解するには、信仰の起源だけでなく、この分離の経緯まで押さえておく必要があります。

竹生島(滋賀)|宝厳寺と都久夫須麻神社の大弁才天

竹生島は琵琶湖の北部に浮かぶ周囲約2kmの小島で、島そのものが信仰の場として扱われてきました。
724年(神亀年間)に聖武天皇の勅命を受けた行基が開いたと伝わり、宝厳寺の大弁才天は江島・厳島と並ぶ三社のなかで最も古いとされます。
しかも宝厳寺は西国三十三所第三十番札所でもあり、弁才天信仰と観音巡礼が一島で重なるのが竹生島の面白さです。

開創の由緒と三社最古とされる大弁才天

竹生島の由緒は、単なる古社寺の伝承ではなく、島全体をひとつの聖域として見る発想にあります。
724年(神亀年間)に聖武天皇の勅命で行基が開いたと伝わる背景があるからこそ、湖上に浮かぶ小島そのものが祈りの対象になりました。
宝厳寺の大弁才天が江島・厳島と並ぶ三社のなかで最も古いとされる点も、この島が古くから弁才天信仰の中心だったことを物語ります。
秘仏で普段は非公開、開扉は60年に一度とされ、次回の開帳は2037年と伝わるため、拝む機会自体がきわめて限られます。
だからこそ、竹生島は「見に行く場所」であると同時に、「時間をかけて向き合う場所」でもあるのです。

宝厳寺が西国三十三所第三十番札所に数えられることも見逃せません。
観音霊場の巡礼者が集まり、弁才天の信仰と観音巡礼が同じ島で交差する構図はかなり珍しいでしょう。
筆者が長浜港から観光船に乗ったときも、湖上から近づく急峻な島影を見た瞬間に、これから渡る先が普通の観光地ではないと感じました。
船旅そのものが参拝の前奏になっている、そんな一日でした。

国宝の唐門・本殿と龍神拝所の見どころ

宝厳寺と都久夫須麻神社(竹生島神社)は隣接しており、境内を歩くと神仏習合の空気が自然に伝わってきます。
宝厳寺では国宝の唐門や350年ぶりに復元された三重塔、重要文化財の観音堂がまとまって見られ、短い滞在でも見どころが密度高く配置されています。
都久夫須麻神社の国宝本殿は伏見桃山城の遺構を移したと伝わる豪壮な建築で、寺院の厳かな空気とはまた異なる重厚さがあります。
こうした建築群が一島に集まっているからこそ、竹生島は信仰と美術を同時に味わえるのです。

都久夫須麻神社の龍神拝所では、湖に向かってかわらけ(素焼きの皿)を投げるかわらけ投げができます。
願いを皿に託して琵琶湖へ放つ行為は、神社の景観と参拝作法がひとつになったようで、体験として強く残りました。
急な石段を登って宝厳寺へ向かい、境内を巡ってから龍神拝所に立つと、参拝の緊張と解放がはっきり分かれます。
筆者も実際に挑戦しましたが、手元から離れた皿が湖面へ向かう一瞬に、竹生島らしい非日常感が凝縮されていました。

船でめぐる参拝ルートと所要時間の目安

竹生島へは陸路で行けず、長浜・彦根・今津から発着する観光船で渡る必要があります。
つまり、参拝の可否は船の便数と運航時間に左右されるので、島で過ごせる時間を先に組み立てるのが基本になります。
とくに最終便を逃すと計画が崩れやすく、湖上交通に合わせて動くこと自体が竹生島参拝の一部です。
長浜港からの往復も、乗船から下船までを含めた時間の見通しを持っておくと、島での滞在を落ち着いて楽しめます。

竹生島の参拝は、上陸して終わりではありません。
船を降り、急な階段を上って寺社をめぐり、龍神拝所で湖へ向かって願いを放つ流れがひとつの物語になっています。
観光船でしか行けないからこそ、到着前から気持ちが切り替わり、島を離れる頃には湖上の景色まで含めて記憶に残るはずです。
竹生島の魅力は、建物や由緒だけでなく、渡るという行為そのものにあります。

江島(神奈川)|江島神社の八臂・妙音弁財天

江島神社は、江の島に鎮座する辺津宮・中津宮・奥津宮の三宮から成り、参拝の締めくくりとして辺津宮の奉安殿で八臂弁財天と妙音(裸)弁財天を拝む流れが核になります。
三宮を順にたどると、島の地形そのものが参拝順路になっていて、最後に弁財天像と向き合うことで信仰の中心がはっきり見えてきます。
都心から日帰りしやすく、御朱印の楽しみも豊富なので、観光と信仰の両方を一度に味わえるのが江島ならではです。

奉安殿の八臂弁財天と妙音(裸)弁財天

奉安殿には八臂弁財天と妙音(裸)弁財天の二体が安置されており、江島の弁才天信仰を最も濃く感じられる場所になっています。
八臂弁財天は鎌倉時代初期作と伝わり、八本の腕に武具を携えた姿が実に力強い。
武運・勝運を守る神として武家から庶民まで広く信仰された背景を思うと、勝負ごとや受験で足を運ぶ人が多いのも自然でしょう。
対して妙音(裸)弁財天は琵琶を抱える裸像で、芸能上達のご利益を求める参拝者にとって象徴的な存在です。
江島ではこの二体を間近に拝めるため、竹生島・厳島が秘仏であるのに比べ、像そのものの迫力を実感しやすい点が際立ちます。

奉安殿の拝観は午前8時30分〜午後4時30分ごろが目安で、拝観料は大人200円、中高生100円、小学生50円です。
三社のなかで像を確実に拝観できるのは江島だけなので、弁財天像を中心に参拝したいならここがいちばん分かりやすい選択になります。
筆者も辺津宮から奥津宮まで坂道と階段をたどったあと、最後に奉安殿で二体と対面すると、島を歩いた時間がそのまま信仰の厚みとして腑に落ちました。
所要感は軽く見積もらないほうがよく、参拝の余白を残して歩くのがおすすめです。

辺津宮・中津宮・奥津宮の三宮構成と御朱印

江島神社の参拝は、辺津宮・中津宮・奥津宮の三宮を順にめぐることで全体像が見えてきます。
御祭神は宗像三女神で、島の上へ上へと進む構造そのものが、海辺から奥へ神域を深めていく感覚を生みます。
三宮を一つずつたどったあとに奉安殿へ向かうと、弁財天信仰が単独であるのではなく、三宮の神々と重なりながら形づくられていることが分かるはずです。

御朱印の面でも江島神社は楽しいところで、弁財天や三宮にちなんだ授与が多く、集めるほどに表情の違いが見えてきます。
筆者は複数の御朱印をいただくたびに、社ごとの意匠や押印の重なりに目が留まり、参拝の記憶が紙の上に残っていく感覚を味わいました。
デザインの豊富さは単なるお土産ではなく、辺津宮・中津宮・奥津宮、そして奉安殿へ続く動線を可視化してくれる役割も果たしています。
御朱印巡りが好きなら、ここはおすすめです。

都心から日帰りできるアクセスと回り方

江島神社は片瀬江ノ島駅などから徒歩圏にあり、都心から日帰りで訪ねやすいのが大きな強みです。
島に入ってからは、まず辺津宮を起点に中津宮、奥津宮へと坂と階段をつなぎ、最後に奉安殿へ戻る流れで回ると、地形と信仰の両方が頭に入りやすくなります。
移動の負担を見込みつつも、島内を歩く時間そのものが参拝の体験になるので、急ぎ足よりも少し余裕を持った行程が向いています。

三社のなかで最も気軽に訪ねやすく、しかも像を間近に拝める点で江島は実用性が高いです。
都心からのアクセスの良さ、奉安殿の拝観しやすさ、御朱印の多彩さがそろっているので、初めての弁財天巡りにも向いています。
参拝後は島の坂道を振り返りながら、次はどの御朱印をいただこうかと考えてみてください。
楽しみが自然に次の一歩につながるでしょう。

厳島(広島)|大願寺の厳島弁財天と宮島の信仰

項目内容
名称厳島(広島)の厳島弁財天と宮島の信仰
中心地厳島神社、大願寺、宮島口
核心市杵島姫命と弁才天の習合、神仏分離後の移動、年一度の開扉

厳島神社の市杵島姫命と弁才天は、宮島の信仰を理解するうえで切り離せない関係にあります。
海上に建つ社殿と大鳥居の景観は、宗像三女神の一柱である市杵島姫命を弁才天と重ねてきた歴史の上に成り立っているからです。
いま弁才天を祀る大願寺が厳島神社の出口すぐそばにあるのも、その習合と分離の往復をそのまま地形に残したものだといえるでしょう。

厳島神社の市杵島姫命と弁才天のつながり

厳島神社の御祭神は、市杵島姫命を含む宗像三女神です。
神仏習合の時代、この市杵島姫命が弁才天と同一視され、厳島弁財天として信仰されてきました。
厳島が三大弁財天に数えられる理由は、単に海に囲まれた名所だからではなく、女神信仰と弁才天信仰が重なり合って発展した土地だからです。
海に浮かぶ大鳥居を見上げると、その神格が水辺の信仰と自然につながっていることが実感できます。

この重なりを踏まえて参拝すると、厳島神社の荘厳さは神道の社としてだけではなく、弁才天信仰の舞台としても見えてきます。
筆者も市杵島姫命が弁才天と重ねられてきた歴史を念頭に歩くと、島全体がひとつの大きな信仰空間のように感じられました。
神社の格調と、弁財天をめぐる親しみやすい信仰が同じ場所に息づいている。
そこに宮島ならではの面白さがあります。

大願寺の厳島弁財天と年一度の開扉

現在、厳島弁財天を祀るのは、厳島神社の出口すぐ近くにある大願寺(真言宗)です。
明治の神仏分離によって弁才天が厳島神社から大願寺へ移されたため、世界遺産の神社と弁財天を祀る寺が隣り合う、きわめて珍しい景観が生まれました。
神仏習合がほどけたあとも、信仰の名残は場所を変えて残り続けたわけです。

大願寺の本尊・厳島弁財天は弘法大師空海作と伝わる秘仏で、開扉は年に一度6月17日とされています。
竹生島のように長い年月を待つ必要はありませんが、拝観できるのは年1日のみですから、日程が合うかどうかが大きな分かれ目になります。
境内には弘法大師お手植えと伝わる九本松や、龍神信仰に結びつく要素もあり、弁財天だけで終わらない厚みがあるのも魅力でしょう。

比較項目厳島神社大願寺
位置関係島内の中心的な社厳島神社出口のすぐそば
主な信仰宗像三女神、市杵島姫命厳島弁財天
歴史的背景神仏習合の舞台神仏分離後の受け皿
見どころ海上社殿、大鳥居九本松、龍神信仰、秘仏

フェリーで渡る宮島と厳島神社との参拝動線

宮島へは本土側の宮島口からフェリーで渡ります。
船で海を越えて島へ入る流れは、竹生島と同じく「海(湖)を越えて参る」非日常性を持っていますが、宮島はフェリーの所要が短く、島内も徒歩でめぐれるため参拝の動線が組みやすいのが利点です。
上陸して厳島神社の回廊を歩き、そのまま出口近くの大願寺へ足を運ぶと、神社と寺をひと続きの参拝として体験できます。

この順路で歩くと、神仏習合の名残が地図の上ではなく、体の動きとして伝わってきます。
厳島神社の荘厳な社殿を見たあとに大願寺へ寄ると、世界遺産観光と弁財天信仰を同時に味わえるのがよくわかるはずです。
宮島では、まずフェリーに乗って島へ渡り、次に厳島神社、そして大願寺へ進んでみてください。
信仰と景観が自然につながる感覚を、きっとおすすめしたくなるでしょう。

三社めぐりの楽しみ方|巳の日参拝と三社弁才天祭

弁財天の三社めぐりは、巳の日と己巳の日、そして竹生島の三社弁才天祭を押さえると、参拝の意味がぐっと立体的になります。
三社は滋賀・神奈川・広島と離れているため、無理に一度で回すより、日取りと開帳の機会を軸に旅を組み立てるほうが満足度は高いでしょう。
御朱印やお守りを集めながら順にめぐれば、三社制覇そのものが旅の記録になります。

巳の日・己巳の日を選んで参拝する

弁財天の縁日は12日に一度めぐってくる巳の日で、なかでも60日に一度の己巳の日は特別な縁日とされています。
蛇神信仰に由来する日にあたるため、金運や芸能のご利益を願う参拝者が集まりやすく、境内にはふだんより張りつめた空気が生まれます。
実際に己巳の日を狙って弁天社を訪ねると、参拝者の数だけでなく、特別祈祷の場に立ち会うことで、日を選んで参る意味が自然に伝わってくるはずです。

三社めぐりでも、この日取りは計画の出発点になります。
まずは己巳の日に近い参拝日を確保し、そのうえで江島、竹生島、厳島のどこを優先するかを考えると、旅の組み立てに迷いが少なくなるでしょう。
弁財天を拝む時間そのものを整えることが、三社をめぐる第一歩になるのです。

竹生島の三社弁才天祭という年に一度の機会

毎年6月には竹生島で三社の弁才天が一堂に会する三社弁才天祭が行われ、江島神社と厳島神社の神職がそれぞれの弁才天の分霊を竹生島に迎えるとされています。
滋賀の竹生島に、神奈川と広島の弁才天が重なるこの祭礼は、三社のつながりを目で追える年に一度の機会です。
三大弁財天という呼び名が、単なる並び順ではなく、互いに結ばれた関係を指していることがここで実感できます。

この祭りを軸にすると、三社めぐりは「別々の神社を訪ねる旅」から「一つの信仰圏をたどる旅」に変わります。
竹生島を中心に据えることで、江島と厳島が離れた土地にありながら、同じ弁才天信仰で結ばれていることが見えてくるからです。
年に一度の祭礼を旅の目的地にすると、参拝の意味がはっきりするでしょう。

御朱印と秘仏開帳を狙うめぐり方のコツ

三社は滋賀・神奈川・広島と大きく離れているため、1回で周遊するより、行きやすい順に分けて訪ねるほうが現実的です。
まず江島から始め、関西方面の旅で竹生島、中国地方の旅で厳島という順に組むと、移動の負担を抑えながら三社をそろえられます。
各社の弁財天関連の御朱印やお守りを集めていけば、ページが埋まるたびに旅の記憶が残っていくでしょう。

秘仏の開帳タイミングは三社で大きく異なります。
竹生島は60年周期で次回2037年、厳島は年一度6月17日、江島は通年拝観できるので、本尊を拝みたい社があるなら、その日程に合わせて旅程を合わせるのがよいです。
三社を別々の旅で訪ねてきた筆者も、御朱印帳に三社の弁財天がそろっていくのを眺めるたびに達成感があり、次は秘仏開帳を狙いたいと自然に考えるようになりました。
旅先ごとに狙いを変えてみてください。
御朱印を集める楽しみも、参拝の手応えも、しっかり深まります。

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鈴木 彩花

旅行ライター兼御朱印コレクター。全国500社以上の神社を参拝し、参拝の実用情報をお届けします。

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