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鹿島神宮の見どころとご利益|要石・奥宮の巡り方

更新: 鈴木 彩花
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鹿島神宮の見どころとご利益|要石・奥宮の巡り方

鹿島神宮は、茨城県鹿嶋市に鎮座する東国最古級の神社で、社伝では神武天皇元年の創建と伝わる。全国に約600社ある鹿島神社の総本宮であり、御祭神は国譲り神話で活躍した武甕槌大神です。

鹿島神宮は、茨城県鹿嶋市に鎮座する東国最古級の神社で、社伝では神武天皇元年の創建と伝わる。
全国に約600社ある鹿島神社の総本宮であり、御祭神は国譲り神話で活躍した武甕槌大神です。

武甕槌大神は「最強の武神」として知られ、勝負運や必勝祈願、武道成就を願う参拝が絶えません。
さらに、要石にまつわる地震厄除け、常陸帯にちなむ縁結び・安産まで、ご利益の筋道が神話と結びついているのが鹿島神宮ならではです。

見どころは日本三大楼門の一つに数えられる朱塗りの楼門、本殿・奥宮、要石、御手洗池の五つが軸になります。
JR鹿島神宮駅から楼門を抜け、奥宮、要石、御手洗池へと回る順路なら迷いにくく、主要スポットだけなら1〜1.5時間、ゆっくり歩くなら2〜3時間を見ておくと安心です。

鹿島神宮とはどんな神社か|東国最古・全国の総本宮

鹿島神宮は茨城県鹿嶋市に鎮座する東国最古級の神社で、社伝では創建を神武天皇元年と伝えます。
武甕槌大神を御祭神とし、全国に約600社あるとされる鹿島神社の総本宮、しかも勅祭社です。
杉木立に囲まれた参道へ足を踏み入れると空気が変わるように感じられ、500社以上を歩いてきた立場でも、ここは格の重さが最初の数歩で伝わってくるでしょう。
鹿島神宮駅から案内板に従って歩き、楼門が視界に入った瞬間の高揚感も、初参拝ならしっかり味わってみてください。

御祭神・武甕槌大神と国譲り神話

御祭神の武甕槌大神は、天照大御神の命を受けて香取神宮の経津主大神とともに出雲へ降り、国譲りの交渉を成就させた武神です。
単なる軍神ではなく、武力を背景にしながらも秩序を開く神として語られてきた点が、鹿島神宮の独自性を形づくっています。
勝負運や武道の守護を求める参拝者が多いのは、この神話的背景が今も強く意識されているからだといえるでしょう。

この神名が持つ力は、境内の空気にも反映されています。
荒々しさだけではなく、場を引き締める静けさがあるのです。
神話の世界で国譲りを成就させた神をいただく社だからこそ、参拝者は「願いを託す」だけでなく、「姿勢を正す」感覚を得やすいのではないだろうか。

神武天皇元年創建という社伝と歴史的位置づけ

社伝では、鹿島神宮の創建は神武天皇元年、紀元前660年とされます。
もちろん、古代社の創建年を現代の年号感覚で断定するのは難しいのですが、ここで大切なのは、鹿島神宮が紀元前7世紀にまでさかのぼる信仰の層を今に伝えているという事実です。
東国最古級の神社とされる理由は、単に「古い」からではなく、東国における国家祭祀の記憶を長く背負ってきたからでしょう。

歴史の古さは、参拝の意味を深くします。
新しい観光資源として消費される場所ではなく、長い時間をかけて人々の祈りを受け止めてきた場所だからです。
楼門や社殿を前にすると、建物の豪奢さ以上に、積み重なった時間そのものがこの神社の価値だと感じられます。
実際に歩くと、年輪のように層を重ねた古社の重みが、静かに迫ってくるのです。

東国三社・全国の鹿島神社総本宮としての格

鹿島神宮は、香取神宮・息栖神社とともに東国三社を構成します。
古来、この三社を巡る東国三社参りが盛んで、関東東部の信仰圏を考えるうえで欠かせない組み合わせです。
三社が並び立つことで、鹿島神宮は単独の名社にとどまらず、広域信仰の中心としての顔を持つようになります。

さらに、全国に約600社あるとされる鹿島神社の総本宮であり、勅使が遣わされる勅祭社でもあります。
総本宮という位置づけは、各地の鹿島信仰の源流に立つという意味で重く、どの鹿島神社を巡った経験があっても、ここに来ると「本社に戻ってきた」感覚が生まれるはずです。
参拝の順路を考えるなら、楼門→本殿→奥宮→要石→御手洗池と巡る流れが自然で、東国三社の文脈まで見渡すと、この地の特別さがいっそうはっきり見えてきます。

鹿島神宮で授かれるご利益|勝負運・厄除け・縁結び

ご利益 根拠となる御祭神・伝承 向いている参拝の場面
勝負運・武道・必勝祈願 武甕槌大神が「最強の武神」とされる神格 受験、試合、商談、転機の勝負どころ
地震厄除け・災難除け 要石が地震を起こす大鯰を抑える伝承 災難除け、家内安全、平穏を願う参拝
縁結び・安産 御神宝『常陸帯』にちなむ伝承 良縁、夫婦円満、安産祈願

鹿島神宮のご利益は、武甕槌大神の神格を軸に、勝負運・厄除け・縁結びへと広がっています。
武の神として知られるだけでなく、要石や御神宝『常陸帯』に結びつく伝承が重なり、参拝の目的がはっきりしているのが特徴です。
境内を歩くと、どの願いを託す神社なのかが自然に見えてくるでしょう。

勝負運・武道・必勝祈願

鹿島神宮で最も知られるご利益は、勝負運・武道・必勝祈願です。
御祭神の武甕槌大神は「最強の武神」とされ、国譲りの場面でも武力ではなく交渉を成就させた神として語られます。
だからこそ、単なる武勇だけではなく、受験や試合、仕事の大勝負に向かう前の祈りが重ねられてきました。
勝負を控えた知人が必勝祈願に訪れたときも、授与所で勝守を手にするまでの流れが実に自然でした。
筆者自身も新しい挑戦の前に手を合わせたことがありますが、背中を押される感覚がはっきり残ります。

授与所では、勝守のように目的が見えやすい授与品が選びやすいです。
試験や競技なら勝負運、仕事の転機なら必勝祈願というように、願いの方向を先に決めておくと迷いにくいでしょう。
目の前の一戦に集中したい人には、こうした具体的なお守りがよく似合います。
勝ち切るための神、という輪郭が明快です。

地震厄除け・災難除け

鹿島神宮の災難除けは、要石の伝承に支えられています。
地震を起こす大鯰の頭を要石が抑えているという話は、地中の動きを神域の秩序に置き換えたものとも読めます。
目に見えない揺れや不安を、石の力で鎮めるという発想が、地震厄除け・災難除けの信仰につながっているのです。
災害への恐れを抱えながらも、まず落ち着きを取り戻したい人に寄り添う祈りだと言えるでしょう。

境内では要石を目当てに歩く参拝者も多く、武の神社という印象とは違う、守りの側面が前面に出ます。
徳川光圀が7日掘っても底に達しなかったという逸話も残り、石そのものが容易に動かない象徴として受け止められてきました。
勝つためだけでなく、崩れないために訪れる神社でもあるわけです。
守りを願う参拝には、こうした伝承の重みがよく合います。

縁結び・安産

武のイメージが強い鹿島神宮ですが、縁結び・安産のご利益も伝わります。
御神宝『常陸帯(ひたちおび)』にちなむこの伝承は、荒々しい武神の印象にやわらかな家庭の願いを重ねるものです。
戦いの神でありながら、人生の伴走者としても受け止められてきたところに、鹿島神宮の奥行きがあります。
良縁を求める人だけでなく、家族の節目を大切にしたい人にも向く参拝先です。

『鹿島立ち』という言葉が示すように、旅立ちや門出を後押しする神としての性格も見逃せません。
新生活や新事業のスタートに合わせて手を合わせると、縁結び・安産の柔らかさと、武神らしい推進力が同時に感じられるはずです。
授与所でお守りを眺めながら、どの願いを中心に据えるか考えてみてください。
選ぶ基準がはっきりすると、参拝の手応えも深まります。

見どころ1:楼門・本殿エリア|徳川ゆかりの社殿群

鹿島神宮の参道で最初に目を引くのが、朱塗りの楼門とその先に続く徳川ゆかりの社殿群です。
高さ約13mの楼門は日本三大楼門の一つに数えられ、1634年に水戸藩初代藩主・徳川頼房が奉納しました。
門をくぐると視界がふっと開け、檜皮と朱塗りがつくる落ち着いた美しさが静かに迫ってきます。
参拝の入口でありながら、すでに歴史そのものを歩いている感覚になる場所でしょう。

日本三大楼門に数えられる朱塗りの楼門

朱塗りの楼門は、ただ大きいだけではなく、参道の先に「ここから聖域が始まる」とはっきり示す役割を担っています。
高さ約13mという規模に加え、日本三大楼門の一つに数えられる存在感があり、1634年に水戸藩初代藩主・徳川頼房が奉納した背景を知ると、建物が持つ格式の重みがいっそう伝わってきます。
参拝者がまずここで写真を撮りたくなるのも自然で、旅の記録として残したくなる象徴的な景観です。
門前に立つと、朱の鮮やかさと周囲の緑が強く響き合い、神域への入口らしい緊張感が生まれます。

楼門をくぐった瞬間に目に入るのは、派手さではなく、丁寧に守られてきた社殿の品格です。
木の質感と朱塗りの対比が美しく、近くで見るほど細部の仕事が際立ちます。
ここは通過点ではなく、建築の美しさを味わうために少し足を止めたい場所です。

重要文化財の本殿・拝殿

楼門の先に鎮まる本殿・石の間・幣殿・拝殿は、1619年に2代将軍・徳川秀忠が奉納したもので、国の重要文化財に指定されています。
徳川将軍家がここに篤い崇敬を寄せていたことは、単なる寄進の規模ではなく、社殿全体に託された政治的・宗教的な意味からも読み取れます。
神域の中心にある建物群として見ると、豪壮さよりも、格式を支える均整の取れた構成が印象に残るはずです。

鹿島神宮では本殿が参道から見て北向きに配置されるなど、一般的な神社とは違う社殿配置も特徴です。
参拝の視点を少し変えるだけで、建築の配置そのものがこの神社の個性だとわかります。
こうした違いに気づいて歩くと、社殿を見る楽しみがぐっと深まります。

建物奉納年奉納者位置づけ
楼門1634年水戸藩初代藩主・徳川頼房日本三大楼門の一つ
本殿・石の間・幣殿・拝殿1619年2代将軍・徳川秀忠国の重要文化財

神の使い・神鹿に出会える鹿園

境内の鹿園では、神の使いとされる神鹿(しんろく)が飼育されています。
社殿の荘厳さを見たあとに鹿園へ回ると、神域が建物だけで完結していないことがよくわかります。
生きものがいることで空間全体がやわらぎ、参拝の印象もどこか親しみやすくなるのです。
家族連れにも見どころとして勧めやすいのは、その距離感の近さにあります。

実際に神鹿に出会うと、奈良の春日大社の鹿の起源が鹿島から運ばれた神鹿にあるという伝承を思い起こします。
鹿が単なる見物対象ではなく、古くから神と人をつなぐ存在として受け止められてきたことが、ここでは自然に伝わってきます。
楼門や重要文化財の社殿とあわせて巡ると、鹿島神宮の見どころが歴史と信仰の両面から立ち上がってきます。

見どころ2:奥参道と奥宮|家康奉納の社殿と杉木立

奥参道を進むと、参拝者の声は少しずつ遠のき、杉の幹に挟まれた一本道の中で、自分の足音と鳥のさえずりだけが際立ってきます。
約300mという距離は短すぎず長すぎず、境内の空気が静けさへ切り替わるのにちょうどよい長さです。
そこを抜けた先にある奥宮は、旧本殿としての重みを今に伝える場所であり、鹿島神宮でパワースポットと語られる理由も、単なる雰囲気ではなく歴史の厚みに支えられています。

杉木立に包まれた奥参道の歩き方

本殿から奥宮へは、杉木立の続く奥参道を約300m進みます。
樹齢を重ねた杉が左右から迫ると視界が細まり、足元の感覚まで研ぎ澄まされるようです。
歩き始めはまだ境内の賑わいが残っていても、数十歩も進めば音が吸い込まれ、鳥の声と葉擦れが前に出てきます。
こうした変化があるからこそ、奥参道は参拝のハイライトの一つになるのでしょう。

この道の魅力は、単に奥へ進むことではありません。
森の中を一直線に抜ける構図そのものが、日常の速度をゆるめてくれるのです。
鹿島神宮樹叢に抱かれた空気は湿り気を帯びながらも澄んでいて、春は若葉の明るさ、夏は深い陰、秋は木漏れ日の細さ、冬は幹の輪郭が際立ちます。
まずは歩く速度を落とし、周囲の音を確かめながら進んでみてください。
おすすめです。

家康奉納の旧本殿・奥宮

奥宮の社殿は、もともと1605年に徳川家康が関ヶ原戦勝の御礼として本殿として奉納したものです。
その後、1619年の社殿造替の際に現在地へ遷され、今は重要文化財として守られています。
つまり奥宮は、古い建物というだけでなく、武家の信仰と社殿の継承が重なった場だとわかります。

前に立って手を合わせると、空気がすっと引き締まる感覚があります。
旧本殿であった事実を思うと、ここに向けられた祈りの量まで伝わってくるようで、自然と姿勢が正されるのです。
関ヶ原戦勝の御礼という奉納の背景は、家康の時代と神宮の関係を今に残し、建物そのものが歴史を語る資料になっています。
社殿を眺めるだけで終わらせず、奉納から遷座までの流れを意識すると、この場所の見え方が変わります。

21万坪・800種超の鹿島神宮樹叢

鹿島神宮樹叢は、約21万坪・800種を超える植物が生育する県指定天然記念物です。
数字だけを見ると広さと多様性の両方が突出しており、ここが単なる社域の緑ではなく、森そのものが見どころであることが伝わります。
広大な樹叢が境内全体を包み込むため、奥宮へ向かう道の静けさにも、背景としてこの森の厚みが効いているのです。

四季折々の自然を楽しめるのも、この樹叢ならではでしょう。
春は新芽が参道の陰影をやわらげ、夏は濃い緑が涼感を生み、秋は葉の色づきが木々の層を浮かび上がらせます。
冬になると枝ぶりがはっきりして、森の骨格まで見えてくる。
奥宮の歴史に触れたあとで樹叢を見渡すと、建物と森が互いを引き立て合っていることがよくわかります。
参拝の途中で少し立ち止まり、木々の高さを見上げてみてください。

見どころ3:要石|地震を抑える神秘の霊石

項目 内容
名称 要石
位置 鹿島神宮境内
伝承 地中の大鯰を抑えて地震を鎮める
対になる石 香取神宮の要石
逸話 徳川光圀が7日間掘らせたが底に達しなかった

要石は、鹿島神宮を象徴する霊石であり、地震を起こす大鯰の頭を地中で押さえていると古くから伝わります。
地上に見えるのはごく一部にすぎず、根がどこまで続くのか分からないという見立てが、石そのものに底知れない気配を与えています。
見た目の素朴さと、伝承の大きさが正面からぶつかる場所です。

地震・大鯰を抑える要石の伝承

要石の伝承は、鹿島神宮の霊威をもっとも端的に示すものです。
地震を起こす大鯰の頭をこの石が地中で抑えていると考えられてきたため、単なる石ではなく、災いを封じる役割を持つ象徴として受け止められてきました。
地上に出た部分が小さいほど、見えない地下の働きを想像させるところに、この石の面白さがあります。

実際に前に立つと、想像より小さくて拍子抜けする人も少なくありません。
けれど、伝承を知ってから見直すと、その小ささこそが意味を持って見えてきます。
目に見えるのは一部でも、根は地中深くまで続いているかもしれない。
そんな想像が、石に向かう視線を一段深くしてくれるのではないでしょうか。

香取神宮の要石と対をなす凹凸の関係

鹿島の要石は凹型、香取神宮の要石は凸型とされ、二社の石が対になって大鯰の頭と尾を抑えるという伝承があります。
ここで重要なのは、要石を単独の名物として見るのではなく、東国三社のつながりの中で捉えることです。
鹿島と香取が向かい合うように機能しているという発想が、地域の信仰を立体的に見せています。

この凹凸の対比は、形そのものが物語を語る点でも印象的です。
片方だけでは完結せず、もう片方があって初めて意味が通る構図は、神社巡りの楽しみ方にも通じます。
別々の社を歩いているようで、実はひとつの伝承の中を移動している。
そんな見方をすると、参拝の景色が少し変わるはずです。

徳川光圀の発掘逸話と参拝の見方

水戸藩主・徳川光圀が要石の根を確かめようと7日間掘らせたが底に達しなかったという逸話も、要石の底知れなさを際立たせています。
どこまで掘っても終わりが見えないという話は、石の価値を物理的な大きさでは測れないことを示しています。
伝承の世界では、見えない深さそのものが力の証しになるのです。

参拝の中心にあるのは、派手な見世物ではなく、地震厄除け・災難除けを願って静かに手を合わせる時間です。
石の周囲をぐるりと囲む柵越しに根の先を思い浮かべると、見えるものと見えないものの境目が少し曖昧になります。
期待を膨らませすぎず、伝承を知ったうえで向き合うと、要石はおすすめの見どころとして、ずっと印象に残る存在になるでしょう。

見どころ4:御手洗池|湧き出る清らかな御神水

御手洗池は境内最奥にある湧水池で、1日40万リットル以上の水が絶えず湧き続けています。
木々に囲まれた水面は水底まで見渡せるほど澄み、奥宮から下りてきた参拝路の終点で、空気がすっと入れ替わるような感覚を味わわせてくれます。
単なる景色の良い池ではなく、古くから禊の場として扱われてきた霊地でもあるため、ここで足を止める時間そのものに意味があるのです。

1日40万リットルの湧水と高い透明度

御手洗池の印象を決定づけるのは、湧水の勢いと透明度の高さでしょう。
1日40万リットル以上という豊かな水量が池を満たし続けることで、水面はよどまず、緑に包まれた景観のなかでもひときわ清らかに映ります。
奥宮から下り坂を進み、木漏れ日に照らされた水面を目にした瞬間、思わず足が止まるのは、視界に入る情報が多いのに不思議と騒がしくなく、むしろ静けさが際立つからです。

水底まで見渡せるほど澄んでいる池は、参拝の締めくくりにふさわしい余韻を残します。
ここでは「見て終わり」ではなく、境内の奥へ進んだ者だけがたどり着く終着点としての重みが加わるため、景観の美しさがそのまま巡礼の達成感につながります。
御神水として親しまれてきた背景を知ると、透明な水面は単なる観賞対象ではなく、神域の気配を映す場として立ち上がってきます。

胸を超えないという言い伝えと禊の場

御手洗池には、大人が入っても子供が入っても水位が胸を超えないという言い伝えがあります。
数値で測ると浅さの話に見えますが、この伝承が残ることで池は不思議な場所として記憶されやすくなります。
誰にとっても同じ深さにとどまるというイメージは、個々の身体差を超えて受け止められる神聖さを連想させるからです。

古くは参拝前にこの池で禊を行ったとされる霊地でもあり、清らかな水が流れ続ける意味は見た目以上に重いものがあります。
神域の入口として身を整える場であったことを踏まえると、御手洗池は境内の最後に現れる景勝地というより、信仰の流れを締める要所だとわかります。
胸までしか届かないという言い伝えと禊の歴史が重なることで、水の浅さと神域の深さが対照的に感じられるのです。

池畔の茶屋でひと休みする楽しみ方

池畔には茶屋があり、参拝の疲れを癒やしながら湧水を眺められます。
長い境内を歩き通したあとに腰を下ろすと、それまで辿ってきた参道や社殿、奥宮までの道のりが自然と思い返され、境内の広さを体で理解できるようになります。
名物を味わいながら池を見ていると、清らかな水の景色が休憩の時間まで包み込んでくれるようで、参拝後の満足感が静かに深まります。

ここでのひと休みは、単なる飲食の場ではなく、巡礼の体験をほどよく着地させる時間です。
歩き切った実感と、まだ水辺に残る涼しさが同時にあるため、気持ちが急がず、最後まで神域の空気を持ち帰りやすくなります。
御手洗池を眺めるなら、急いで通り過ぎるより、茶屋で一息ついてから水面の透明さを見返してみてください。

参拝モデルコースと基本情報|所要時間・御朱印・アクセス

鹿島神宮の参拝は、楼門から本殿、奥参道、奥宮、要石、御手洗池へとたどる定番の流れで組むと回りやすいです。
主要スポットだけを押さえるなら約1〜1.5時間、境内の自然や静けさまで味わうなら2〜3時間を見ておくと、足早にならずに済みます。
午前中に着いて御朱印をいただき、そのまま混雑前に歩き切るなら、時間配分もしやすいでしょう。

定番モデルコースと所要時間の目安

楼門から入って本殿で手を合わせ、奥参道を抜けて奥宮へ進み、要石と御手洗池まで巡る順番が、鹿島神宮ではもっとも動きやすい流れです。
参拝の核になる建物と、森の深さを感じる奥のエリアが一続きになっているため、短時間でも境内の輪郭がつかみやすいのが利点だといえます。
時間が限られる日はこの順を崩さず回ると、迷いにくく満足度も上がります。

所要時間の目安は、主要スポット中心なら約1〜1.5時間、写真を撮りながらゆっくり歩くなら2〜3時間です。
午前中に到着して御朱印を受けてから回ると、待ち時間を見込みつつも余裕を残しやすく、参拝後に御手洗池でひと息つく余白も作れます。
初めて訪れるなら、最短で急ぐより、奥参道の空気を味わうつもりで組み立ててみてください。

開門時間・御朱印受付・拝観の基本情報

境内は24時間参拝できるため、朝の静かな時間帯にも夜の落ち着いた空気にも触れられます。
いっぽうで、御朱印の受付は8:30〜16:30が目安なので、授与を希望するなら午前から昼過ぎの到着が組みやすいです。
ご祈祷も考えている場合は、先に受付を済ませてから境内を巡る順にすると動線がきれいになります。

この神社は「参拝だけならいつでも、授与や祈祷は日中に」という切り分けで考えると予定を立てやすいです。
午前中に着いてまず御朱印をいただき、そのあとに本殿と奥宮を巡れば、混雑が増す前に要所を回れます。
昼をまたぐ計画なら、先に社務所周りを済ませてから歩き出しましょう。

電車・車でのアクセスと令和八年の式年大祭御船祭

電車で向かうなら、JR鹿島神宮駅南口から楼門まで徒歩約12分、距離にして約700mです。
駅から神社までの道のりは長すぎず短すぎず、歩いて向かうと参拝前に気持ちを整えやすいのが良いところです。
実際に歩いてみると、到着までの12分がそのまま「神域へ入る準備」の時間になり、車で来たときとは違う入り方になると感じます。

車の場合は無料・有料の駐車場が複数あるので、目的に合わせて選ぶのがコツです。
初詣のような繁忙期は混み合いやすいので、境内に近い場所を狙うか、少し離れた駐車場を使うかをあらかじめ決めておくと動きやすくなります。
遠方から急いでいる日は車が便利ですが、じっくり参拝したい日は駅から歩くほうが、境内に入る前の気分の切り替えまで含めて楽しめます。

12年に一度の式年大祭『御船祭』が令和八年(2026年)に斎行される予定で、午年に行われる大規模な水上神事です。
こうした大きな節目の年は、参拝の目的が通常期と少し変わりますから、御船祭の日程と改修状況を見ながら計画を立てるのが賢明でしょう。
特別な年に訪れるなら、通常の参拝動線に加えて、その時期ならではの見どころも意識してみてください。

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鈴木 彩花

旅行ライター兼御朱印コレクター。全国500社以上の神社を参拝し、参拝の実用情報をお届けします。

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