参拝の知識

神楽と巫女舞|神事に奉納する舞の種類と意味

更新: 高山 修一
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神楽と巫女舞|神事に奉納する舞の種類と意味

神楽は、神に奉納する歌舞の総称であり、宮中で行う御神楽と、神社や民間で伝わる里神楽に大きく分かれます。神社の祭りで目にする舞が神楽なのか巫女舞なのかは混同されやすいですが、巫女舞は神楽の中の一分類として整理すると、名前と意味の重なりがすっきり見えてきます。

神楽は、神に奉納する歌舞の総称であり、宮中で行う御神楽と、神社や民間で伝わる里神楽に大きく分かれます。
神社の祭りで目にする舞が神楽なのか巫女舞なのかは混同されやすいですが、巫女舞は神楽の中の一分類として整理すると、名前と意味の重なりがすっきり見えてきます。
天照大御神が岩戸に隠れた天岩戸神話で天鈿女命が舞った場面は、その原型として語り継がれてきました。
鈴を鳴らしながら静かに舞う巫女の所作にも、祓いと神招きの意味が一つひとつ宿っているのです。

神楽と巫女舞の違い:用語の全体像を整理する

神楽は、神に奉納する歌舞の総称です。
特定の一つの舞を指す言葉ではなく、まずこの広い意味を押さえると、御神楽や里神楽、さらに巫女舞との関係がすっきり見えてきます。
祭りのパンフレットに「神楽奉納」とだけ書かれていると、何が舞われるのか分かりにくいものですが、実際にはその背後に複数の系統があり、見えている範囲だけで判断すると用語の混乱が起きやすいのです。

『神楽』は神に奉納する歌舞の総称

神楽という言葉は、ひとつの演目名ではなく、神を招き、もてなし、感謝や祈りを捧げるための舞と歌の総体を指します。
鑑賞のための芸能として整う前に、まず奉納の行為として存在してきた点が肝心で、神事の場では「何を見せるか」より「何を捧げるか」が中心になります。
だからこそ、巫女舞を見て「神楽とは別物ではないか」と感じても不思議ではありませんが、整理の起点は神楽という上位概念に置くべきだと分かります。

神楽の起源は天岩戸神話に求められ、天照大御神が岩戸に隠れた際、天鈿女命が舞って神を誘い出した場面が原型とされます。
語源を神座(かむくら)の約音とする説が定説であることも、この舞が単なる娯楽ではなく、神の臨在を迎える場に結びついていたことを示します。
天鈿女命の子孫とされる猿女君が神がかりの儀式に舞を取り入れ、貞観年間(859〜877年)の神楽譜制定を経て宮中で体系化された流れを踏まえると、神楽は古い祭祀を土台にしながら、時代ごとに形を整えてきたことが見えてきます。

御神楽と里神楽:宮中の舞と民間の舞

神楽は大きく、宮中で行われる御神楽(みかぐら)と、神社や民間で行われる里神楽(さとかぐら)に分かれます。
御神楽は内侍所御神楽として長保4年(1002年)に宮中行事として定められ、原則非公開で一般には見られません。
神社の祭礼で目にする「神楽」の多くは、宮中儀礼ではなく里神楽の側に属しているわけです。

この二分を先に押さえると、同じ「神楽」という札が付いていても、場の性格がまったく違う理由が理解しやすくなります。
宮中では国家的な儀礼として格式を保ち、民間では地域の祭礼や年中行事の中で受け継がれてきた、という違いがあるからです。
読者がパンフレットの「神楽奉納」で迷うのは、名称が同じでも、実際には公開性も構成も異なる系統が併存しているためでしょう。

区分場所位置づけ公開性
御神楽(みかぐら)宮中内侍所御神楽として長保4年(1002年)に宮中行事として定められた原則非公開
里神楽(さとかぐら)神社・民間一般に目にする神楽の中心公開されることが多い

巫女舞は里神楽の一分類という位置づけ

巫女舞は、里神楽の四分類のうちの一つであり、神楽の下位概念にあたります。
ここを取り違えると「神楽」と「巫女舞」を対立する言葉のように扱ってしまいますが、実際は神楽 ⊃ 里神楽 ⊃ 巫女神楽(巫女舞)という入れ子構造です。
巫女舞と神楽を別物だと思い込んでいたのに、文献的な整理に触れた途端に腑に落ちるのは、用語の粒度が異なっていただけだと分かるからです。

里神楽はさらに巫女神楽・採物神楽(出雲流)・湯立神楽(伊勢流)・獅子神楽に分かれ、神社の祭礼で見かける舞の多くはこの範囲に収まります。
なかでも巫女舞は、神を迎える場で清めや祈りを形にする役割が強く、鈴や扇などの採物を用いて場の気配を整えながら奉納します。
神事における舞の役割は、神を招き、もてなし、感謝や祈りを捧げることにある。
だからこそ、巫女舞は華やかに見えても、まず宗教的な奉納行為として読むと全体像がぶれません。

神楽の起源と語源:天岩戸神話と『神座』

神楽は、天照大御神が天岩戸に隠れた神話と、神を迎えるための場を意味する神座(かむくら)の語感が重なって形づくられた歌舞です。
天鈿女命の舞は単なる慰めの踊りではなく、闇を破って神を招き出すための実践だったので、神楽が神事の中心に置かれてきた理由もそこにあります。
古い物語として読むより、現代の奉納舞の意味を解く鍵として読むと、その性格がはっきり見えてきます。

天鈿女命の舞が神楽の原型

神楽の起点は、『古事記』『日本書紀』に描かれる天岩戸神話にあります。
素戔嗚尊の乱暴に心を痛めた天照大御神が天岩戸に隠れると、世界は闇に包まれました。
そこで天鈿女命が岩戸の前で舞い、周囲に賑わいを生んだ結果、天照大御神が外へ姿を現すことになります。
この場面で大切なのは、舞が気晴らしではなく、閉ざされた神を外へ招き出すための行為として語られている点でしょう。

この神話を読むと、神楽は最初から「見せる芸能」ではなく、「神に働きかける舞」だったと分かります。
天鈿女命の舞は、笑いと音と動きで場を動かし、沈黙した神域に気配を戻す役割を担いました。
天岩戸神話を昔話としてではなく、奉納舞の意味を説明する原型として読み直すと、神楽がなぜ神社で舞われるのかが腑に落ちます。
『神楽』という字を「神を楽しませる」と受け取っていた時期もありましたが、実際には神を迎え出すための構えを指すのだと知ると、舞の意味はずっと深く見えてきます。

語源『神座』が示す舞の意味

『神楽』の語源は、神座(かむくら)の約音とする説が定説です。
神座は「神の宿るところ」「招魂・鎮魂を行う場所」を意味し、そこに神を降ろして神人一体となる宴で舞われた歌舞が、神楽と呼ばれるようになりました。
つまり、神楽は最初から場所の概念と結びついており、舞そのものが神を迎えるための装置として理解されていたわけです。

観点神座(かむくら)そこから生まれる神楽
意味神の宿る場所、招魂・鎮魂の場神を降ろし、迎えるための歌舞
役割神と人の境を整える神人一体の場を立ち上げる
本質霊的な座神を招く実践

この語源を押さえると、神楽を単に華やかな舞として見る理解は弱くなります。
舞う人の所作、鈴や扇の扱い、場の静けさまでが一体となって、神が来臨するための座を整えるからです。
神座という語は、そのまま神楽の本質を言い当てています。
神を呼ぶのではなく、神が降りる場所をつくる。
その違いが分かると、奉納舞の一挙手一投足が変わって見えるはずです。

神懸かりから様式化された舞へ

神楽は、天鈿女命の神話に始まり、猿女君が神がかりの儀式に舞を取り入れたことで、巫女による神楽へとつながったと伝わります。
猿女君は天鈿女命の子孫とされ、巫女が舞いながら神意を受ける流れを支えました。
ここでの中心は、舞い手が演じることではなく、自らの身体を通して神を受けることにあります。
巫女舞の格が高く見えるのは、こうした神話的な系譜を背負っているからでしょう。

宮中では貞観年間(859〜877年)に神楽譜が制定され、長保4年(1002年)に内侍所御神楽が行事として定められました。
これにより、神話の即興的な舞は、平安期に儀式として体系化されていきます。
本来は巫女自身に神が降りる神懸かりのための舞でしたが、時代が進むにつれて型が整えられ、祈祷や奉納のための様式へと変化しました。
現代の静かで優雅な巫女舞は、その変化の到達点だと言えるでしょう。

里神楽の4分類:巫女神楽・採物神楽・湯立神楽・獅子神楽

里神楽は、巫女神楽・採物神楽(出雲流)・湯立神楽(伊勢流)・獅子神楽の4つに分けると、神社で目にする舞の違いがすっと整理できます。
鈴や扇を使う静かな奉納舞もあれば、釜の湯を撒いて祓う激しい神事もあり、獅子頭が家々を巡る巡行芸もある。
見た目はばらばらでも、所作と採物を手がかりにすると、どの系統の神楽なのかが見えやすくなるのです。

この4分類を知ってから神楽を見比べると、同じ「神楽」という呼び名の中に、神懸かりの古層から奉納芸能、祈祷、巡行祓いまでが折り重なっていることがわかります。
佐陀神能や山伏神楽を並べて見ると、出雲流と伊勢流という系統差が演目の構成にもはっきり表れる。
まずは静かな舞から順に、その違いをほどいていきましょう。

巫女神楽:静かで優雅な奉納の舞

巫女神楽は、巫女が鈴や扇を採物として舞う、もっとも親しみやすい里神楽です。
動きは静かで優雅ですが、ただ美しいだけではありません。
原型には天鈿女命の舞があり、神懸かりして託宣に及ぶ古い形が、神前での祈祷や奉納にふさわしい様式へと整えられてきました。
浦安の舞のように、現代の神社でよく目にする舞もこの系統に入ります。

同じ「神楽」でも、巫女神楽は音と所作が抑制されているぶん、神前の空気を整える役割が前面に出ます。
鈴の響きや扇の開閉は、派手な演出ではなく、清めと奉納の意志を形にしたものだと見ると理解しやすいでしょう。
巡行して家々を回る獅子神楽とは対照的で、境内の中心で神に向かう芸能だと考えると見分けがつきます。

採物神楽(出雲流)と湯立神楽

採物神楽(出雲流)の典型は、出雲・佐陀神社の七座の神事と神能、すなわち佐陀神能です。
御座を清める採物舞と、日本神話や神社縁起を劇化した神能が組み合わさり、のちの各地の神楽劇の源流になりました。
ここで見えてくるのは、単なる舞ではなく、物語と祓いが一体になった構成です。
地域の神楽を見比べると、出雲流の演目が劇的で、筋立てを持つのはこの源流に由来すると考えやすくなります。

分類典型主要な所作・道具広がり方見分ける手がかり
採物神楽(出雲流)出雲・佐陀神社の七座の神事と神能(佐陀神能)採物舞、神話や縁起を劇化した神能各地の神楽劇の源流となった舞よりも演目構成の物語性が強い
湯立神楽(伊勢流)伊勢神宮外宮の御師が広めた神楽釜の湯、笹、湯花各地へ伝播した火と湯を使う点が際立つ

湯立神楽(伊勢流)は、釜で沸かした湯に笹を浸して撒き、神聖な湯花に触れて祝福を得る神楽です。
伊勢神宮外宮の御師が各地に広めたため伊勢流とも呼ばれ、ここでも伝播の道筋が系統名にそのまま残っています。
火と湯を用いる点が他と大きく異なり、見物するときも、舞手の所作より湯が立ちのぼる場面に神事の核心が表れます。
佐陀神能のように物語を組み立てる型とは違い、こちらは祓いの実感が前面に出るのです。

獅子神楽:山伏神楽と太神楽

獅子神楽は、獅子頭を神体として各地を巡り、祈祷や祓いを行う神楽です。
風流系の獅子舞とは系統が異なり、東北の山伏神楽と、伊勢などの太神楽の二系統がある。
家々を回って悪魔祓いをする巡行性が特徴で、神社の本殿前で完結する巫女神楽とは役割がまるで違います。
鈴を振る舞いと、獅子頭が戸口をくぐる場面を思い浮かべるだけでも、里神楽の幅の広さが見えてくるでしょう。

文献的に見ても、佐陀神能や山伏神楽を比べると、出雲流・伊勢流という系統差が演目構成に表れていることがわかります。
出雲流は神話や縁起を劇化する方向に伸び、伊勢流は湯立という祓いの動作を軸に広がった。
獅子神楽はそのどちらとも異なる巡行芸として残り、地域社会の中で祈祷を担ってきました。
見た目の派手さに引かれるだけでなく、どの所作がどの系統に属するかを押さえると、神楽を見る目が一段深くなります。

巫女舞の種類:浦安の舞・豊栄の舞・朝日舞

浦安の舞、豊栄の舞、朝日舞は、巫女舞を代表する三つの演目ですが、成り立ちも舞う人も祈りの向きも少しずつ異なります。
とくに浦安の舞は昭和15年(1940年)に多忠朝が作舞した近代の名舞で、前半の扇舞と後半の鈴舞に分かれる構成が印象的です。
豊栄の舞は五穀豊穣と平安への感謝を表し、朝日舞は男性神職が舞うことを想定した舞として位置づけられます。

この三つを並べて見ると、巫女舞が単なる装束の所作ではなく、神前で何を祈るかを舞い分ける表現だとわかります。
初詣や例祭で見かけた舞が浦安の舞だったと後で知ると、扇から鈴へ採物が移るたびに、祈りが静かに深まっていく構成にも納得がいくでしょう。
豊栄の舞と見比べると、感謝の舞と平穏祈願の舞という目的の違いが、所作や唱歌の雰囲気にもはっきり表れます。

浦安の舞:心の平穏を祈る近代の名舞

浦安の舞は、巫女舞の中でも全国の神社で最も広く舞われる演目で、昭和15年(1940年)の皇紀二千六百年奉祝に合わせて多忠朝が作舞しました。
国風歌舞や各地の神楽を下地にした約10分の舞で、近代に成立しながらも、古い神楽の気配をきちんと受け継いでいるのが特徴です。
『うらやす』は心中の平穏を表す古語『うら』に由来し、『日本書紀』に見える浦安国の語感も重なって、神の安寧と国の平穏無事を祈る題名になっています。

構成は前半の扇舞と後半の鈴舞に分かれ、正式には四人舞です。
一人舞、二人舞でも舞われますが、四人でそろうと場の空気がぐっと整い、神前の静けさが際立ちます。
扇には桧扇(ひおうぎ)、鈴には鉾先鈴を用いるのが正式で、採物が変わることで舞の流れも切り替わります。
見た目の美しさだけでなく、祈りの段階を道具で区切るところに、この舞のわかりやすさと奥行きがあります。

豊栄の舞(乙女の舞)と感謝の祈り

豊栄の舞は神社本庁が制定した祭祀舞で、五穀豊穣や平安への感謝を込めた代表的な巫女舞です。
女性が舞う前提のため別名『乙女の舞』とも呼ばれ、清らかな所作が前面に出ます。
浦安の舞が国の平穏を祈る舞であるのに対し、こちらは日々の実りや恵みへの感謝を舞に変えたものだと考えると、両者の違いが見えやすくなるでしょう。

唱歌は越天楽調で、大地の実りへの感謝が音の流れの中に表れます。
浦安の舞が扇と鈴で祈りの展開を見せるのに対して、豊栄の舞は歌と所作の一体感で、収穫へのよろこびを静かに示す構成です。
二つを見比べると、同じ巫女舞でも、願いを託す舞と感謝を捧げる舞とで、身体の使い方まで変わってくるのがわかります。

朝日舞(宮司舞):男性神職の舞

朝日舞は1950年に制定され、舞姫がいない神社で男性神職が舞うことを想定した舞です。
『宮司舞』とも呼ばれ、女性の巫女舞とは別の担い手を前提にしている点がはっきりしています。
豊栄の舞と対になる存在として理解すると整理しやすく、神社の祭祀が人員や場面に応じて柔軟に編成されてきたことも見えてきます。

また、豊栄の舞(女性)と朝日舞(男性)が対になっており、男舞から女舞に編作された悠久の舞もあります。
ここには、同じ祭祀舞でも、誰が舞うかによって意味づけが変わるという神社儀礼の面白さがあります。
朝日舞を知ると、巫女舞は女性だけのものではなく、神前で祈りを形にするための幅広い表現だと感じられるはずです。

舞に使う採物の意味:鈴・扇・榊

舞に使う採物は、手に持つ道具であると同時に、神を迎え、場を清めるための働きを担います。
鈴、扇、榊や幣といった採物は、それぞれが異なる意味を持ちながら、舞を単なる所作ではなく祈りのかたちとして見せてくれます。
何を持つかだけでなく、どう持ち替えるかまで見ると、舞の流れそのものが読み取れるようになるのです。

鈴:神楽鈴と鉾先鈴、その音の意味

鈴は巫女舞を代表する採物で、神楽鈴と鉾先鈴の2種があります。
浦安の舞では正式に鉾先鈴を用い、神楽鈴で代用することもありますが、違いは見た目だけではありません。
鈴の音は、鳴らすための音ではなく、穢れを祓い、神を招き降ろすための音だと考えると、その役割がはっきりしてきます。
巫女が鈴を一振りした瞬間に、空気がすっと澄むように感じられた経験が、後になって祓いと神招きの意味と結びついた、という体感はまさにその核心でしょう。

神楽鈴は舞の象徴として広く知られ、鉾先鈴は浦安の舞で用いられる正式の形です。
どちらも「音を出す道具」ではなく、音そのものが境界を動かす採物だと見ると理解しやすいでしょう。
清らかな響きは、場の曇りをほどき、神が降りてこられる状態を整える。
だからこそ、鈴を扱う所作は大きく見せるより、音と静けさの切り替えを丁寧に作るほうが似合います。

扇(桧扇)が表すもの

扇は浦安の舞の前半で用いられ、桧扇(ひおうぎ)という槍状の美しい舞扇を使います。
開く、閉じる、翻すという動きは、見た目の優雅さだけでなく、風を起こして場を清める働きや、目に見えない神気の流れを形にする象徴的な所作です。
つまり扇は飾りではなく、場の状態を変えるための採物なのです。

扇から鈴へ持ち替える所作を、ただの道具替えとして漫然と眺めていたところから、祈りの段階が切り替わる瞬間だと分かると、舞の見え方は変わります。
前半の扇が場を整えるなら、後半の鈴は神を招き、祓いを完成させる方向に働く。
持ち替えの一手には、流れを断つのではなく、祈りを次の段階へつなぐ意味があるのです。
そこに気づくと、舞の時間は一続きの動きではなく、意図を持った節目の連なりとして立ち上がってきます。

榊・幣など他の採物

榊・幣(ぬさ)・笹なども採物として用いられます。
榊は神の依り代として神事全般で重んじられ、幣は祓いの呪具になり、笹は湯立神楽で湯を撒く道具として使われます。
どれも形は違っても、神を迎えるために場を整え、神と人のあいだをつなぐ働きを担っている点は共通です。
採物の種類を見るだけで、その舞がどの系統に属するのかが見えてきます。

たとえば、榊が前面に出るなら、木そのものを依り代として扱う神事の感覚が強くなります。
幣は白い紙の動きが目を引きますが、実際には「清め」を可視化する道具ですし、笹は葉先に水を含ませて撒くことで、祓いを動きのなかに組み込みます。
採物は同じ「手に持つもの」でも役割がかなり違い、その違いが舞の背景を語っているのです。
何を持ち、どう動かし、どの順に持ち替えるかを見ていくと、ただ眺めるだけだった舞が、意味を持つ所作の連なりとして読めるようになります。

各地に伝わる代表的な神楽:高千穂・早池峰・石見

神楽の例 伝承地 特徴 位置づけ
高千穂の夜神楽 宮崎県高千穂町 三十三番を夜通し舞い、素面に採物の舞と面をかけた神能で構成 1978年に重要無形民俗文化財に指定
早池峰神楽 岩手県花巻市大迫町 岳神楽と大償神楽の総称で、山伏神楽の系統を引く 1976年に重要無形民俗文化財の第1回指定、2009年にユネスコ無形文化遺産に登録
石見神楽 島根県西部 30番を超える演目を持ち、儀式舞と神楽能に大別される 神話を劇化した奉納芸能として広く親しまれる

里神楽は地域ごとに独自の発展を遂げ、いまでは重要無形民俗文化財やユネスコ無形文化遺産として守られる例も少なくありません。
高千穂、早池峰、石見の三例を押さえると、神楽が単なる古い祭礼ではなく、見学の入口としても生きた芸能であることが見えてきます。
共通する骨格は、採物による儀式舞と、神話を劇化した神能という二部構成だといえるでしょう。

高千穂の夜神楽:三十三番の夜通しの舞

高千穂の夜神楽は、宮崎県高千穂町に伝わる神楽で、毎年冬に三十三番の神楽を夜通し舞います。
1978年に重要無形民俗文化財に指定されたのは、舞そのものの巧みさだけでなく、地域の神事として継承されてきた密度の高さが評価されたからです。
素面に採物を持って行う舞と、面をかけた神能が連なり、神話の里らしい構成が最後まで張りを保ちます。

夜をまたいで見ていると、儀式舞から神能へと演目が移るたびに、場の空気が少しずつ変わっていくのが分かります。
祈りとして始まったものが、物語として立ち上がり、再び奉納へ戻っていく。
その往復運動こそが神楽の本質であり、高千穂ではそれが三十三番という長さの中で、無理なく体感できるのです。
見学の入口としては、神事と芸能が分かれていない感覚をつかむのにおすすめです。

早池峰神楽:ユネスコ無形文化遺産

早池峰神楽は、岩手県花巻市大迫町の岳神楽と大償神楽の総称で、山伏神楽の系統を引きます。
1976年に重要無形民俗文化財の第1回指定を受け、2009年にはユネスコ無形文化遺産に登録されました。
早くから保護の対象になったのは、地域芸能としての継続性に加え、山岳信仰と結びついた古い層を今に伝えているからだと考えると分かりやすいでしょう。

この神楽を知る意味は、単に「有名だから」ではありません。
岳神楽と大償神楽という二つのまとまりを持ちながら、山伏神楽の流れを引くことで、出雲流神楽の広がりを別の土地で確認できるところにあります。
高千穂や石見と見比べると、同じ二部構成でも土地ごとの解釈が異なることが見えてきます。
神楽の多様性を知るには、まずここを押さえておくとよいです。

石見神楽:迫力ある神楽能

石見神楽は島根県西部に伝わり、演目は30番を超えます。
素面に採物で行う儀式舞と、古代〜中世の神話・説話を基にした神楽能に大別され、八岐大蛇のような大立ち回りで広く親しまれてきました。
舞台映えする派手さが目を引きますが、奉納芸能としての芯があるからこそ、娯楽としても受け入れられているのでしょう。

八岐大蛇の演目を見たとき、神話を劇化した神楽能が強い娯楽性を持ちながら、奉納の祈りを失っていないことに気づきました。
ここが石見神楽の面白さです。
観客を楽しませる構成でありながら、舞の根底には儀式としての緊張感が残る。
神事と芝居が対立せず、同じ場で共存しているからこそ、石見神楽は今も力強く伝わっているのです。

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高山 修一

神道文化研究者。古事記・日本書紀の文献学を専門とし、神話と神社の繋がりをわかりやすく解説します。

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